■文化財の被害275件/天心の六角堂も流失
東日本大震災による文化財の被害が次々判明している。文化庁によると、国関連の文化財の被害は21日午前5時現在、計295件に達した。同庁は茨城県桜川市に文化財調査官を派遣するなど現地調査も始めた。瑞巌寺など国宝が4件のほか、名勝の中の「国宝級」である特別名勝でも、小石川後楽園(東京都)や旧浜離宮庭園(同)など4件の被害が出た。横山のウグイ生息地(宮城県登米市)がポンプ停止で池水位が下がるなど天然記念物も11件の被害が出ている。深刻な被害も少なくない。近代美術を指導した岡倉天心がデザインした茨城大学五浦美術文化研究所六角堂(茨城県北茨城市)は建物ごと津波に流された。六角堂は岬の端にあり、天心の思索の場だった。
同研究所の副所長で茨城大教授の小泉晋弥さんは「陸と海がせめぎ合う場が持つ六角堂の緊張感は天心の芸術思想そのものだった。喪失のショックは大きすぎて、まだ受け入れられない」と話す。重要文化財の東照宮(仙台市)では石灯籠(いしどうろう)の8割が崩壊し、特別史跡で重要文化財の旧弘道館(水戸市)は鐘楼が全壊したという。文化庁は、地元の自治体が調査に協力できるなど、混乱が落ち着いた地域から順次、現地調査していく方針だ。17日には、江戸時代の蔵造(くらづくり)の町家が残る茨城県桜川市の真壁地区に調査官2人を派遣した。同地区は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。多数の建物で瓦が落下するなどの被害が確認されたという。
■無残、文化財443件野ざらし/本格修復なお時間
東日本大震災では数々の文化財も損傷・倒壊したり、津波にのみ込まれたりした。文部科学省の調べでは3日午後4時現在、被害を受けた文化財は443件。行政が人命救助や復興などに追われ、被害の修復が進んでいないのが実情で、修復が不可能なものも少なくない。仙台藩・伊達家の菩提(ぼだい)寺として知られる宮城県松島町の瑞巌寺では、国宝に指定された寺の台所にあたる庫裏の壁に大きな被害が出た。
日本三景・松島の観光スポットとしても人気を集める瑞巌寺は平安時代の天長5(西暦828)年の建立。庫裏の「しっくい壁」と呼ばれる白い壁には、地震で1~2メートルのひび割れが無数にできており表面が大きくはがれ落ちている。しかし、石灰などを混ぜた特殊な塗り物で固められた壁の修復は、京都や奈良などの伝統技術を持つ左官業者にしかできず、修理の見通しすらたっていない。
また、瑞巌寺のある松島では、島々が津波で地形が変わり、流れ着いた土砂や流木も堆積するなどしている。文科省などによると、仙台市青葉区では、やはり国宝の大崎八幡宮の板壁や漆塗装、彫刻が破損した。茨城県では、重要文化財などに指定されている、水戸藩の藩校だった「旧弘道館」で、徳川斉昭の和歌が彫られた「学生警鐘」と呼ばれる鐘楼が全壊するなどの被害が出ている。鹿嶋市の鹿島神宮本殿では表参道にある高さ約10メートルの石造り大鳥居が根元から折れて倒壊した。明治38(1905)年に思想家・美術評論家の岡倉天心が北茨城市の断崖に建てた「茨城大学五浦美術文化研究所六角堂」(国登録有形文化財)は津波で土台だけ残し消失した。
福島県いわき市では、白水阿弥陀堂でも扉まわりに軽い破損が見つかった。こうした文化財の修復はほとんど進んでいない。文化庁によると、文化財の修復には、専門家が被害を確認したうえで、さまざまな手続きも必要。担当者は「被災現場で、倒れたものを直すぐらいはできるだろうが、本格的な修復には、時間がかかる」と話す。しかも、文科省が把握しているのは、国が指定や選定などに関わった国宝や重要文化財など主な文化財の被害のみ。それ以外の文化財については、どれぐらいあるかも分からないのが実情だ。文科省では4月から被災地で、自治体レスキュー隊と協力して、文化財を探し、保護する「文化財レスキュー事業」もスタートさせたが、実際にどれだけ保護できるか見通しはたっていない。