灰との出会い(6)
■灰の字源は「手に持てる火」という意味です。人が、灰を便利な道具として利用してきたことを想像させます。
■「旅」の語源は「他火」つまり「他人の家の火を借りて一夜をしのぐ」という説があるそうです。宿場町が整備され旅籠といった商売が生まれたのは江戸時代のことで、それ以前の旅人は、民家の軒を借り寝泊りし旅をしたのです。見ず知らずの旅人に屋根を与えいろりの火を囲む。そこには人と人との温かな交流があったと思われます。いろりは、お互いの顔が見渡すことができ、コミュニケーションを取るのに誠に適しており、かつては、家族団欒の場であり、社交の場だったのです。
■昔の家には、必ずいろりがありました。いろりは、暖をとる場所であり、煮炊きをする場所でもあり、コミュニケーションの場でもありました。テレビがなかった時代、いろりの周りに家族が集まり、食事をしたり、夜なべをしたり、いろりの灰に栗や餅を入れて焼いて、子供たちはそれをほおばりながら年寄りから昔話を聞いたりしたものでした。
■シンデレラは「灰かぶり姫」、花咲じいさんは、枯れ木に灰をまいて花を咲かせました。ハリーポッターは、瞬間移動するときに暖炉の前に立ち、灰を頭にまき呪文を唱えます。灰は、昔話や物語にしばし登場し、不思議な力を発揮します。
■キリスト教の聖灰祭、バラモン教の聖火の灰は、ともに灰を神聖視し、ふりかけたり、からだに塗って穢れをはらうもの。正月のトンドの灰、山伏の護摩の灰は、飲んで人畜の病よけにされている。
■アフリカ原住民の中には、食塩の代りに、ある種の植物の灰を利用しているところがあるらしい(クロンフェルド、比較民間薬)。アメリカ原住民は、他の土地でできたものを食べるときは、かならず自分の土地の木(シーダー)の灰を入れる。これはその灰によって、その土地のミネラルを食べよう、ということらしい(ヴォアサン 土・草・癌)。
■灰(はい)とは
そもそも生物は、主に有機物(炭素、水素、酸素、窒素など)と無機物(有機物以外の元素の総称、ミネラル)から構成されています。これら有機物は、酸素を十分に供給して燃やすと、二酸化炭素や水蒸気などの気体として散逸します。これらの水蒸気を冷やして回収したものが木酢液又は竹酢液です。植物に含まれる揮発性の有機酸で、主成分は酢酸です。強い酸性(PH2~3)を示します。一方、無機物、特に金属元素(カルシウム、カリウムなどの化合物類)は燃やしてもガスにならず、固体として残ります。通常、無機物(ミネラル)といわれますが、これが灰です。水に溶けると強いアルカリ性(PH12~13)を示します。
■灰汁(あく)とは
植物の灰を水やお湯に溶かして上澄み液をとります。これを灰汁(あく)といいます。灰に含まれる多くの無機物の中から、水溶性の物質だけが水に溶け出します。主成分は炭酸カリウムや炭酸カルシウム、リン、ナトリウム、マグネシウムなどで、強いアルカリ性を示します。この強アルカリ性を利用して、食品加工や腐敗防止などに活用されてきたのです。
■「灰汁(あく)」とは、一般に味覚に不快な作用を与える成分または物質を言います。又、好ましくない色、においなども広義の「あく」に含まれます。一般に植物中に含まれる味として好ましくないものは、大きく次の3つの味に分けることが出来ます。
・えぐ味・・・えぐ味は「ホモゲンチジン酸」という物質と「シュウ酸」及びその化合物が主体となっています。
・渋 味・・・渋味は「タンニン」という物質が主体となっています。
・苦 味・・・苦味は、糖と結合した配糖体の形で存在する物質と、「アルカロイド」(植物体中に存在する窒素を含む塩基性物質の総称)が主体となっています。この他、「カルシウム」や「マグネシウム」などの無機塩が苦味をもっています。
灰汁の化学的に分類すると・・・無機塩、有機塩、有機酸、配糖体、サボニン、タンニン、アルカロイド、テルペン、樹脂、ポリフェノール(酸化酵素)などになります。
■灰の成分
灰の成分は、木や竹、草などの種類により、それぞれに含まれる量が異なります。
●樫木灰●孟宗竹灰●大豆穀灰
炭酸カルシウム 56 5 20
炭酸カリウム 12 22 26
炭酸マグネシウム 5 19 9
五酸化二燐 1 4 7
珪 酸 1 32 5
炭素(有機物) 21 12 24
■参考
・炭酸カリウム (K2CO3) – 植物の灰の成分であり、古代より洗剤として利用。現在はガラスの原料として重要。
・炭酸カルシウム (CaCO3) – 石灰石、サンゴ骨格、貝殻などの主成分。チョークやベビーパウダーの材料。白濁色の温泉の含有成分およびそれを模した入浴剤の成分。
・炭酸ナトリウム (Na2CO3) – 石鹸、ガラスなどの原料。炭酸ソーダとも呼ばれる。
・炭酸マグネシウム (MgCO3) - 運動競技向けの滑り止め剤、研磨剤、医薬品に利用。
■灰汁の採り方
あくまき作りに詳しい霧島市福山町佳例川の立本久美子(七五歳)さんに聞きました。あくまきには草木灰(木材や大豆の茎やかやの混合灰)が良いとか。灰一升に対して、一升の灰汁を採るのがあくまきに適した灰汁の採り方と教えてもらいました。乾燥している灰が水を幾分吸いますので、灰一升に対して約1.5升の水又はお湯を注ぐということになります。さわるとヌルヌルした感触です。