高齢の両親を持つ身としては、全く他人事ではない。著者の立場に自分を重ね合わせ、「俺やったらどうするかなあ……」といちいち考えながら読むことになった。特に次の部分は、「ほんまにそうっす!」と心の中でつぶやかずにはいられなかった。
「誰か連れて行きたい人がいて、連れて行きたい場所があるなら、少し無理してでもできるうちに行っておいた方がいい。脅すつもりはないけれど、行けなくなるときは突然やってくる」
僕もあるとき同じことを思って、両親にハワイ旅行をプレゼントする計画を立てたことがある。今までの親不孝を、これで帳消しにしてもらえれば……という下心もあった(笑)。飛行機もホテルも予約して準備万端。さあ、あとは出発日を待つだけ……というタイミングで、「いきなりコロナがやってきた」。
結局ハワイ旅行はキャンセル。何でもそうだが、一発逆転を狙おうとしてもなかなかうまくいかない。日々の積み重ねが大事なのである……と、このままでは僕の人生反省会になってしまいそうなので(笑)、本の話に戻りたい。
このエッセイは、「親子の関係の結び直し」の物語でもある。親子の関係が変化するタイミングはいくつかあるけれど、介護の始まりや、死別の体験というのは、その最たるものだろう。それは能動的な選択というよりも、往々にして「変化することを迫られる」形でやって来る。しかも、本のタイトルにもあるように「いきなり」やって来るのである。
普段はあまり意識することがないにしても、その「いきなり」に対して、ほとんどの人が潜在的な不安を抱いているのではないだろうか。この本は、そんな僕たちに最高のシュミレーションの機会を与えてくれる。「あれをしておけばよかった……」という後悔を、ちょっとだけ減らすきっかけになるかもしれない。もちろん、そういう思いが完全になくなることはないと思うけれど。
親の介護や死別をすでに経験している人は、ポケットにハンカチを忍ばせておいたほうがいい。未経験の僕でさえグッときてしまったのだから、経験者はもう号泣必至ではないだろうか。それでいてユーモラスでやわらかいトーンなのは、著者と両親との関係性が、そこにそのまま表れているからなのかもしれない。
ところで、著者のあまのさんには以前、雑誌の仕事で取材をさせてもらったことがある。その時の彼女の言葉が、いまも強く印象に残っている。
「好きなことが仕事になる人もいれば、仕事にしたくない人だっているけど、それを続けている人は、やっぱり面白い」(「そんな生き方あったんや!」『かがり火』181号、2018年)。
彼女は2018年の当時から、絵はんこ作家、ライター、イラストレーター、ボーカリストなど、さまざまな活動を展開していた。「好きなこと」を捨てることなく、ずっと続けてきたのである。
現在は東京から岩手県紫波町に移住し、2022年5月26日には新刊『チェコに学ぶ「作る」の魔力』(かもがわ出版)を上梓した。自分にとっての「好きなこと」が相互に結び合いながら、新しい作品が生まれていく。ちょっと大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、これはクリエーターにとって、ひとつの理想形ではないだろうか。
口で言うのは簡単だが、それを実現するのは容易なことではない。その容易ではない実践を、これまでさまざまな形で支え、そしていまも支え続けているのが、本書に登場する、著者の家族なのかもしれない。
「大変やなあ……」と思いながら読んでいるのに、心は不思議とあたたかくなる。大切な人を大切にしようと思える、そんなやさしいエッセイである。