「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる漫画家・水木しげる。彼が提唱した「幸福の七カ条」がある。
幸福の七カ条
第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第二条 しないではいられないことをし続けなさい。
第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追求すべし。
第四条 好きの力を信じる。
第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第六条 なまけ者になりなさい。
第七条 目に見えない世界を信じる。
これをたまたまTwitterで見て興味が湧き、手に取ったのが本書『水木サンの幸福論』である。
本書は二部構成になっていて、この「幸福の七カ条」について説明されているのが第一部「水木さんの幸福論」。これが9ページから25ページまでと短い。
「なんだよ!」と思いきや、続く第二部「私の履歴書」にこそ、水木しげるの幸福論の味わいが詰まっているのである。
本書では一貫して、「好きなこと、熱中できることをし続けること」の大切さが語られる。それは漫画家として成功を収めた彼だからこそ、説得力を持つ内容と言えるだろう。しかし、水木さん自身は「成功=幸福」とは考えない。むしろ「成功しなくていいんです」と言う。そんなことよりも、「全身全霊で打ち込めることを探しなさい」と語るのである。
「そんなの、東大生が『学歴なんてどうでもいいんです』と言うようなもんだろ!」と腐りたくなるところだが、「私の履歴書」で語られる彼の戦争体験、会社員時代のダメっぷりを読むと、そんな陰気な妬みは吹っ飛んでしまう。
特に、左腕を失い死の淵をさまよった戦争体験は悲惨としか言いようがないが、水木さんの語りはどこかあっけらかんとしている。評論家の呉智英さんが、水木さんを評して「ほがらかなニヒリズム」と言ったそうだが、まさに、である。
本書の主題は幸福論だが、水木さんの語る戦争体験を読むだけでも大きな価値があると思う。なぜなら、残念なことではあるが、それを「昔話」として読めない現実が、僕らが生きるこの時代にも展開しているからである。
たとえば、水木さんと同じく、戦争で九死に一生を得た兄の宗平さんとの対話が、次のように紹介されている。
宗平●状況によっては早めに引きさがって新しく出直すこともできるのに、玉砕しろとか、退却すれば助かるのに、勝ち目がない戦闘を無理強いしたりとか、変な命令も多かったね。
しげる●指揮官にアホな人が多かった。水木サンはそう思っています!死んでいった人たちへの鎮魂の思いは強まるばかりです。
これを読んで、現在のコロナ禍で行われようとしている東京オリンピックを想起する人も多いのではないか。びっくりするほどの「歴史は繰り返す感」である。
人間の幸福は社会と切り離しては語れない。だからこそ、歴史の大きなうねりに翻弄されながらも、自分の幸福=好きなことを手放さなかった水木さんの生き方に、ひとつのロールモデルとしてのリアリティを感じるのかもしれない。