堆肥づくりに挑戦 | 杉原学の哲学ブログ「独唱しながら読書しろ!」
僕がベランダで大根を
育てていることは前にも書いた。

ぼちぼち順調に育っているが、
肥料をやったほうが生長著しいことは
ゴーヤのときに体験済みだ。
しかし化学肥料は使いたくないし…。

というわけで、自前での
堆肥づくりに挑戦することにした。

といっても、やりかたは超テキトー。
バケツに土と野菜のヘタなどを放り込んだだけ。


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バケツに…


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土と野菜のヘタを放り込んで…


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土をかぶせて「完成」(たぶん)


野菜も細かく刻んだほうが効率的なはずだが、
それすらしていない。まーこれも実験である。

やり方はインターネットで軽く調べたが、
これは参考程度にして、
まずは直感(テキトー)でやってみる。
これが面白いのである。

僕のまわりには
農業に詳しい人がたくさんいるし、
そういう人に聞いてやれば間違いないのだが、
それでは「失敗する楽しみ」が
なくなってしまうのである。

最初から正しいやり方を知って
その通りに成功したって、
それはゲームを買うときに
攻略本も一緒に買うようなものである。
あんまりおもしろくない。

まずは自分流にやってみて、
それで成功したらめちゃくちゃうれしいし、
もしかするとプロさえ気づかなかった
発見があるかもしれない。

失敗したら失敗したで、
「あちゃーっ」っていうのもまた楽しい。
そこから新しいやり方を知っていくほうが、
おもしろいし、ワクワクするし、
ほんとうの意味で「わかる」ものである。

ところが一般的に社会で求められるのは、
「最初から正しいやり方を知って、
 その通りに成功すること」である。
これじゃあおもしろくないはずである。

いまの社会では、「失敗」も
一種の「贅沢品」なのかもしれない。

学生時代はファミレスで
食べたことのないものを注文しては、
よく「しまったー!」と嘆いていた。
友達には「またか…」と
あきれられていたものである。

最近はそんなこともめっきり少なくなった。
いま「しまったー!」と叫ぶのは、
タイ料理を食べにいって、パクチーを
口にしてしまったときくらいである。
この失敗に関しては全くワクワクしないが。

さて、この堆肥づくりがうまくいくかどうか。
ともかく野菜クズなどがムダにならないので、
家での料理がより楽しくなるというのが、
いまのところの収穫である。

大根も無事に収穫できますように…!