記憶は どこに格納されているのでしょう?
亡くなって肉体を去り、火葬後も生前の記憶は残りますね。
転生しても 過去世で経験のある職能には長けていたり、
初めて訪れるのに すごく惹かれる遺跡があったり。
出生前に 忘却の膜を通るのは、
記憶を完全に消しているわけではなく、階層化して一時的にマスクしているのでしょう。
サイキック能力が発達して、リーディングが可能な方も多く居ます。
誰にも言ってない秘密を言い当てたり、縁ある方との過去世の縁を解き明かせたり。
情報の得方もいろいろで
名前・誕生日・出生地を尋ねて その方のアカシック・ファイルを読む、という方。
ご本人のハイアーセルフや支援霊、憑依霊と話をしてわかる、という方。
ご本人の想念体のエネルギーにより読み解く方。
映像として観える方。
感情や人生経験は観えず、生体エネルギーの質感として把握される方。
いろいろなケースがあります。
ほめたま:ミラーリング① で小脳の「前意識」について少しだけ触れました。
サイキック能力というより、この「翻訳機能」の発達なのかもしれませんね。
さて 本題の記憶の格納先なのですが
受肉後と 光子体であるときと 少し保存形態が違うように感じます。
光子体であるときは 魂の総体の共有データでありながら、
密度の絞りを変えて 極性を超えて変幻自在に味わえます。
受肉後は、肉体器官に依存して保存され、少し融通が利かなくなります。
古い観念が創造を繰り返したり、
溜まった感情が繰り返し同じペプチド合成をするループにハマっている方は
その解放によってエネルギーも換わってゆきます。
ところが 過剰なストレスによって 扁桃体や海馬がショートしてしまったり、
迷走神経がショートして、虚脱状態に置かれたり、
ホメオスターシスが狂って、自浄作用が働かなくなってしまった場合は
また異なる対処が必要になってくると思います。
脳はあくまで 翻訳、指令器官であって
神経伝達や内分泌系の生体化学物質の合成機能が鍵となっているのではないかと思います。
そうした器官の蘇生について もう少し探求が進んだら
続きをupしますね。