次に右の御目を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、月読命。

(つぎにみぎのみめをあらひたまふときになりませるかみのなは、つくよみのみこと)

ー古事記ー


月の神、農業の神、狩猟の神

ー日本の神々の教科書ー


原田神社の本殿に奉られているとされている月読命。最初に原田神社さんの神様を調べたときには、たどり着けなかった月読命。

たまたま、原田神社の関係者の方とお話する機会があり、月読さんは、原田神社に奉られているよ!と教えていただき知ることになりました。

伊邪那岐命が黄泉の国からもどり、禊ぎをしたときに出てきた三貴子(みはしらのうずのみこ)のうちの一柱月読命。

天照大御神と須佐之男命に比べると出てくるお話が少なくて、謎に包まれています。

月読命と保食神のエピソードとして、 古事記・日本書紀に伝わるお話
天照大御神が月読命に「保食神(うけもちのかみ)のところへ行って様子を見てきなさい」と命じます。
月読命が訪ねると、保食神はおもてなしとして、口から食べ物を出して料理を並べました。(陸を向けば米や獣、海を向けば魚介類などが出てきたとされています)
しかし月読命は、「口から吐き出した汚らわしいものを食べさせるとは無礼だ」 と激怒し、保食神を斬り殺してしまいます。
天照大御神はこれを聞いて大変悲しみ怒り、
「もう二度とお前の顔は見たくない」
と言い、それ以来、太陽(天照)と月(月読)は別々の時間に空に出るようになった——というのが昼と夜の起源とされています。

夜、私たちは眠りについたときに、自分が寝ているという意識がありません。

シュタイナーさんの人智学の教えによると、

肉体、エーテル体、アストラル体、自我という

人間は4つの要素からできている。

というお話があります。
眠っている間、肉体とエーテル体は、地球にあるけど、アストラル体と自我は霊界に帰ってるという。

最初聴いたときは、何の話?と思ってびっくりしましたが、何度も学んでいくと確かに眠っているときには、自我を手放しているから、ここに在る意識がない。ということが自分の中で腑に落ちました。

何の話をしたかったかというと、
自我を手放した先の夜の世界、霊界で月読命とお会いしてるかも しれない。そう思うと月読命が身近な存在に感じられると思うのです。

天照大御神と決別し、夜の世界をひとり統べることになった月読命。その孤独な静けさの中にこそ、眠りの中で自我を手放した私たちを、そっと見守る存在がいるのかもしれません。