今朝は春の嵐という感じでした。

桜をもう少し楽しみたかった・・・

 

 

ぴょん太は、昨日は一日中、ネイティブの先生の英語での授業だったそうです(@_@;)

でも、楽しかったみたいでよかった☆

今日は1限からあるので、早くから出ていきました。

長い間9時起きだったので、まだ、早起きが定着しておらず、声をかけています。

 

 

新学期を迎え、今、ふと思ったことがあったので、書きたいと思いました。

 

 

ぴょん太は中1の夏に倒れてから、学校に行きたいのに行けない自分に絶望し、私からのプレッシャー、間違った対応のせいで極期へと向い、体はやせ衰えていき、本当に長く苦しい月日を過ごしました。

 

けれども、ようやく少しずつ少しずつ回復し、中2になってから、午後から登校、放課後登校ができるようになってきました。

そして、やっと、ぴょん太自らが「朝から行けそう」と口にした、中3のコロナ明け・・・

さぁ、これから!・・・と思ったのも束の間、

3~4ヶ月もしない間にダウンしてしまいました。

その時の挫折感は、ぴょん太の深い傷となってしまいました。

 

(私は、一日でも早く戻って、普通に高校受験してほしいと願ってばかりいました。

その私の気持もぴょん太へのプレッシャーとなっていたと思います。)

 

なぜ、あんなにも、ぴょん太は学校に戻りたいと願っていたのに、継続できなかったのか・・・

 

これは、(今まで何度も書いてきた)後になってから腑に落ちたことなのですが、

それは、脳が強い緊張にさらされ、過活動となり、日々、グリコーゲンを早期に使い果たしてしまうからです。

そして、長期にわたって、何度も何度も、血糖値スパイクを起こし、脳にも内臓にもダメージを負うからです。

 

ぴょん太は、心では学校に戻りたいと強く願っていたけれども、

一年近く寝たきり生活をした後、ほとんど自宅で過ごした後での

学校生活は、ぴょん太にとっては周りとのギャップがあまりにも大きく、非常に過酷であったのだと思います。

 

ぴょん太の場合、家にいても退屈しだしたので、学校に戻った方が良いと感じて、また、ぴょん太も前向きであったので再登校させたのですが、極期まで経験した子をいきなり戻したのは間違いであったと感じています。

 

(ここらへんの指導も、もっと早くにCCFSの先生と出会うことができていたなら、アドバイスしていただけていたかもと思っています。)

 

 

それでも・・・これは・・・まったく私の考えですが・・・

 

もしかしたら、あの時、こうすれば、ぴょん太は中学校に行き続けられたかもと思うことがあります・・・

 

これは、ぴょん太の場合・・・

極期を経験した子どもで、機能性低血糖が見られる場合・・・

本当に、その学校が大好きで、心から戻りたいと思っている場合・・・

先生とも友達とも関係が良好で、授業を受けるのも苦でない場合・・・

そして、微熱もなく、激ヤセが改善され食欲もあり、睡眠がしっかり朝型に戻っている場合です。

 

とにかく、マイペースを貫けるように前もって先生に相談して、助けてもらう手はずをしておく必要があるかもしれません。

理解のある良心的な学校なら、協力してくれるかもと思います。

 

本人にも、再登校する前に、とにかく無理しないこと、リハビリのために学校に行くのだということを認識してもらうために、よく話し合う必要もあると思います。

 

 

・ 遅刻してでも、睡眠はしっかりとる。

・ 遅刻してでも、朝食はしっかり摂る。

・ とにかく、激しい運動はさせない。炎天下の体育は涼しいところで見学。

・ しんどくなったら、すぐ保健室で休ませる。または帰らせる。

・ 部活は休ませるか、若しくは辞めて、早く帰らせる。

・ ストレスなく受けられる授業だけ出席する。

・ 休み時間毎に、グミかラムネを何個か食べさせる。もしくはOS-1。

   (低血糖予防。休み時間毎の補食、グルコース補給)

・ 昼食の前に、五苓散を飲ませる。(血糖値スパイク予防)

・ 内申書、偏差値受験のことは一切気にしない。

  最初から通信制、もしくは定時制に行くと決めておく。

・ 学校にはリハビリのために行くという認識を貫く。

  五月雨登校で十分と思う。

・ 課題宿題は、できる範囲で。

・ 家ではとことんリラックス。

  食事もしっかりバランスよく、毎日カロリー多めに摂る。

  9時には寝る。

  土日はとことんストレス発散と休息。

・ 朝礼や、集会などでは、座らせてもらう。

・ 定期テストは受けない。

・ 運動会・泊りがけの活動・修学旅行には行かない。

 

・・・今、思いついたのはこれくらいですが・・・

もっと、様々な配慮が必要かもしれません。

 

 

けれども・・・

やはり、学校に行けばどうしても、友達と合わせたい・・・

周りの価値観は、偏差値重視、結局、競争社会なので、

過剰適応タイプの子はいつかはエネルギー切れを起こしてしまうかな・・・

 

でも、本当難しいかもしれませんが、本人もお父さんお母さんも、勉強のことは気にせず、回復のことだけを考えて80%の出力で過ごせるなら、可能かもしれません。

 

けれども・・・

やっぱり、通信や定時制高校で順調に過ごせることを目標にし、

家でゆっくり過ごし、夕方1~2時間くらい塾に行くくらいが丁度よいかもしれません。

 

私としては再登校してみて、無理を感じたら、きっぱり諦めた方が良いと思います。

 

 

ただ、社会とのつながりを、どう保っていくかということが課題であったと感じています。

そこが、不登校になってしまったときの、本当に大きな不安であり、苦悩でありました。

 

小学校からずっと公立で、子どもの場合特に、そこが、生きてきた世界すべてであったはずだし、自分の存在を認めてくれる場所であったのだから、そこに行けなくなったということは、とてつもないダメージで、だからこそ、PTSDを発症するのだと思います。

ぴょん太の場合、引っ越しをしたこともなく、生まれ育ったその地域の学校がかけがえのない彼の居場所であったので、サポート校を探して行く、という気持ちには到底なれませんでした。

また、そのエネルギーもありませんでした。

 

なので、その懐かしい場所で、順調に過ごせたなら、どんなにか良かったか・・・

とは、時々思いますし、胸が痛くなります。

 

けれども、やはり、それは現実的ではなかったな・・・とも思います。

 

順調な再登校を実現するためには、本人がとにかく無理をしないこと、親が我を捨てること、

通っている中学校に、どこまで理解してもらえるか、協力してもらえるかが鍵となると思います。

 

 

けれども・・・

申し上げたいのは、今の学校に行けなくなったとしても、

決して、この世界から居場所がなくなるわけではないのです。

温かく迎えてくれる場所は必ずあります。

必ず、子供さんに合った場所がありますし、見つかるはずです。

なので、学校に行けなくなったことを嘆かず、今はゆっくり休んでいいんだと・・・

とにかく、体の回復のことだけを考えて、毎日をできるだけ楽しんでいただきたいと、心から願っています。