日曜日の午後、陽射しがじんわりと肌にしみる。
小学校教諭の沙織は、夏の恒例行事である「ソフトクリーム屋さん巡り」の途中だった。
「今日はここにしよう」
選んだのは、商店街の一角にひっそりと佇む、地元の牛乳を使ったお店。白い木目のカウンターと手書きのメニューが温かい雰囲気を醸し出している。
「すみません、限定の塩キャラメルひとつください」
注文を済ませ、ベンチに腰かけたとき、ふと隣に視線をやると、同じようにソフトクリームを手にして座っている男性がいた。いや、正確には、彼の手にあるのはソフトクリームではなかった。
「……それ、もしかして、かき氷ですか?」
沙織が思わず声をかけると、男性は少し驚いたように顔をあげて、にこりと笑った。
「そうなんです。ここ、最近かき氷も始めたって聞いて。限定の桃ミルク味。」
「ええっ、知らなかった……。私、ソフトクリーム目当てで来たのに、かき氷もあったんですね」
「たぶん最近なんじゃないかな。僕、かき氷マップ作ってて、チェックしてたんです」
「かき氷マップ……?」
沙織が目を丸くすると、彼はスマホの画面を見せてきた。地図アプリに、数々のかき氷店の情報と感想がまとめられている。
「会社の合間に、休日使って巡ってて。あ、僕、渡辺隼人(はやと)っていいます」
「私は川原沙織。小学校の先生してます。ソフトクリーム、年に50軒くらい行くんです」
「おお、それはすごいですね。甘党同士、話が合いそうだ」
互いの趣味が思いがけず交わったことで、その後は自然と会話が弾んだ。次に行ってみたい店、穴場スポット、失敗談――冷たい甘味をきっかけに、心が少しずつほどけていく。
***
それからふたりは、月に一度、「合同スイーツ遠足」と名付けたデートをするようになった。行き先は交代制で決める。あるときはソフトクリーム専門の牧場、またあるときはビルの屋上で開かれるかき氷フェス。
「これ、食べ比べに最適じゃない?」
「うん、じゃあ一口ちょうだい」
「交換しよっか。甘さ控えめでおいしいね」
冷たい甘さを口にするたびに、ふたりの距離はほんのりと近づいた。
でも、季節はめぐる。秋が深まり、冬の足音が聞こえる頃、ふとした瞬間に、沙織は心配になることがあった。
(……このまま、夏が終わっても、会えるのかな)
ソフトクリームも、かき氷も、冬には縁遠くなる。ふたりの関係も、季節とともに自然と薄れていくのだろうか――そんな不安を抱えたまま、最後の遠足となる11月の初め、彼が選んだのは、とある神社の甘味処だった。
「今日、あんみつ食べてから、ちょっと歩きませんか?」
そう言われて、ふたりは落ち葉の舞う参道をゆっくり歩いた。並んで歩くのが、いつもより少しだけぎこちない。
「……あのね、沙織さん」
「はい」
「この間、来年の転勤の話があって。四月から、こっちの支社じゃなくなるかもしれないんだ」
「……そうなんですね」
やっぱり、そうなるんだ。口の中が、さっき食べた寒天のように冷たくなった。
「もしよかったら、これからはスイーツじゃなくて……季節を、一緒に巡っていきませんか?」
「え?」
「冬はおしるこで、春は桜餅。夏にはまた、かき氷とソフトクリームを食べに行こう。それを毎年、繰り返していけたらなって」
顔をあげると、彼の手には、指輪が乗った小さなスプーンがあった。
「……私、寒いの苦手なんですけど」
「大丈夫。甘いのは、一年中あるから」
「じゃあ……一緒に、巡ってくれますか? わたしの、寒がりな冬も」
「もちろん。ホットスイーツから始めようか」
その日、ふたりは参道で手をつないだ。甘くて、少しだけ切ない季節の終わりに。
そして、これからめぐるすべての季節に、ふたりだけの味が添えられていくのだった。