「婚活って、化学反応が起きないよね」と千草は同僚にこぼした。
理科教師らしい皮肉。
婚活パーティー、合コン、紹介、アプリ、結婚相談所、果てはバーチャル婚活まで。
全部、試した。全部、ダメだった。
「理屈じゃないんだよ、恋って」
誰かが言ってた。
それを理屈で解き明かそうとしたのが、間違いだったのかもしれない。
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日曜日の午前6時、ゴルフバッグを担いでバスに乗る。
「朝から元気ですね」
声をかけてきたのは、同じバスに乗っていた背の高い男。
チェックのパンツにポロシャツ、キャップ。いかにも「ゴルフが趣味です」という雰囲気。
「いや、全然。眠いです」
素っ気なく返すと、男は笑った。
「眠いなら、よかった。オレもなんです」
なんだそれ、と思いながら、千草はほんの少しだけ、笑った。
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ゴルフ場で、たまたま同じグループになった。
彼の名前は篤史。38歳。IT企業のSE。独身。趣味はゴルフと釣りと珈琲。
「先生って、怒るとやっぱり怖いんですか?」
「怒らせてみます?」
冗談を言い合えるようになったのは、3回目のラウンドからだった。
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篤史は、婚活していなかった。
「仕事と趣味で十分でさ。気づいたら、この歳。そろそろ焦れよって、母親が言うから」
それが、ゴルフ婚活イベントに参加した理由。
「先生は?」
「焦ってます。相当」
「なんか、いいですね、それ」
そう言って篤史は、グリーンの上でパターを構えた。
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千草は、怖かった。
恋が始まるときのあの不確かさ。
心臓がきゅっとなる感じ。
何も保証されていない時間を、歩いている不安。
でも、篤史は、ゆっくりで、真面目で、嘘をつかない人だった。
少なくとも、そう感じさせる人だった。
ある日、彼が言った。
「先生って強いんだと思ってたけど、そうでもないんだね」
「…そうでもないです」
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クリスマスの夜、彼のアパートでふたり、鍋をつついた。
テレビでは、誰かが結婚していた。
有名人だったか、芸人だったか、記憶は曖昧。
篤史が、言った。
「結婚って、どう思う?」
「どうって?」
「したい?」
「うん。…してくれるなら」
冗談のつもりで言ったのに、篤史は真顔でうなずいた。
「じゃあ、しようか。…オレと結婚してください」
千草は、少し黙ったあと、「はい」とだけ言った。
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職員室で報告したとき、同僚たちは拍手してくれた。
7年間の婚活の末に、ゴルフ場で出会った人と結婚。
「人生、どこで何があるかわかんないね」と教頭が言った。
ほんとに、そうだ。
化学反応は、意外なところで起きる。
条件が揃わないと起きない反応もある。
でも、起きるときは一瞬だ。

