「先生って、また占いですか?」
職員室でそう声をかけてきたのは、同僚の理科の先生、杉山だった。私はスマホの画面を慌てて伏せる。
「ちょっとだけよ。今日のラッキーカラーが“青”だったから、ネイルを青にしてみただけ」
「へえ。信じてるんですね、占い」
「うん、最近、当たるの」
そう、私は占いにはまっていた。始まりはたまたま見かけたYouTubeのタロット動画だったけれど、気づけば星座別の運勢、数秘術、さらにはインド占星術にまで手を出す始末だった。
──そして、ついにその日が来た。
【今週の蠍座:5月17日。運命が動くラッキーデー。初めての場所に足を運んでみて。運命の出会いがあるかも?】
私の心は跳ねた。こういうのは“信じる者は救われる”系だから、行動しないと意味がない。仕事帰り、少し遠くのブックカフェへ行ってみることにした。蠍座のラッキースポットは「静かに思索できる場所」。完璧だ。
カフェは駅から少し離れた住宅街の一角にあった。木造の静かな空間。中に入ると、控えめなジャズが流れていた。私は本棚から『星と人間の関係』というちょっとスピリチュアルな本を選び、空いていた窓際の席に腰掛けた。
「その本、僕も好きなんですよ」
驚いて顔を上げると、隣の席にいた男性が微笑んでいた。年は30代後半くらいだろうか。眼鏡越しの目が柔らかく笑っている。
「そうなんですか? 面白そうだったので、つい」
「難しいけど、不思議と引き込まれますよね。僕、物理教師なんですけど、こういうの読むと逆にロマンを感じてしまうんです」
「えっ、先生?」
「はい。高校で教えてます。あ、自己紹介が遅れました。大沢と言います」
私は軽く会釈しながら、自分も小学校で教えていることを話した。職業柄の共通点もあって、すぐに会話がはずんだ。教師って、日常ではあまり“出会い”がない職業だから、こんな風に自然に話せるのが新鮮だった。
コーヒーをおかわりした頃には、もう彼と話すのが楽しくて仕方なくなっていた。
「……もしかして、今日ここに来たのって、占いの“ラッキーデー”だったからですか?」
「なんで分かるの!」
「さっき、スマホの画面に“12星座ランキング”ってちらっと見えたから」
私は顔が赤くなるのを感じた。
「……信じますか? 占い」
「信じるかっていうと分からないけど、“動くきっかけ”にはなりますよね。少なくとも、今日はあなたと話せて良かったって思ってます」
その言葉に、私の胸がぎゅっと鳴った。
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あの日の出会いから、私たちは自然と連絡を取り合い、週末に会うようになり、一年後には結婚した。彼は今も「僕は理系だから」と言いながら、私の見る星占いやタロットに付き合ってくれる。
「今日、ラッキーデーだって。新しいこと始めるといいって」
私が言うと、彼は笑いながら言った。
「じゃあ、新しいレシピでも挑戦する? それとも……そろそろ家族、増やす?」
星が導いた運命の日。あれはただの偶然かもしれない。でも、信じることで、一歩踏み出す勇気が生まれるなら、それはもう“奇跡”にちがいない。
そして今日も私は、朝の占いをチェックする。
だって、幸せはいつだって、星のささやきから始まるのだから。