2025年5月22日(木)


ログイン!


「回復お願い!」


チャット欄に飛び込んできたその言葉を、私は半ば反射的にクリックしていた。


画面の中では、ドラゴンに挑むパーティがばたばたと倒れていく。私は“聖職者ミユ”として、仲間たちを回復魔法で支えていた。ゲームの中での話だ。現実では、小学校の教師をしている。


「ナイス!」「ありがとう、ミユさん」


さっきの「回復お願い」と言ったのは、“タケル”という名前の戦士だった。最近よくパーティを組むようになった人だ。アバターは屈強な剣士だけど、チャットではいつも敬語で、ちょっと不器用な印象がある。


ゲームが終わると、彼が個別チャットを送ってきた。


タケル:今日もありがとう。ミユさんがいると安心します。

ミユ:いえいえ、私もタケルさんの前衛すごく助かってますよ。

タケル:実は…ちょっとずつ、ミユさんともっと話したいなって思ってました。


その言葉に、どきりとした。画面越しなのに、心臓が跳ねる。


ミユ:私もです。なんだか、安心できるんです。タケルさんといると。


次の日の授業があるのに、チャットは深夜まで続いた。



タケルは、北海道の会社員だった。IT系の仕事をしていて、日中はテレワーク。私は東京の小学校で、6年生の担任。


「どうして教師に?」


ボイスチャットで話すようになってから、会話の内容も少しずつ深くなった。


「子どもたちの“わかった!”って顔が好きで。…タケルさんは?」


「俺はね…正直、夢中になれることがなかったんだけど。でも今は、ミユさんとの時間が楽しみなんだ」


不器用な告白に、私は笑った。そして、自然に言葉がこぼれた。


「私もです」



初めて会ったのは、春休みの東京駅。彼は、ゲームのアバターとは違って、少し猫背で、声もやさしく、思っていたよりずっと普通の人だった。


「本当に、いるんだね。ミユさん」


「うん。本当に、いたんだね。タケルさん」


顔を見て笑い合った。ちょっと照れくさくて、でも、なんだかもうずっと前から知っていた気がした。


その日は浅草を歩いて、お好み焼きを食べて、夜には川沿いを歩いた。帰り際、彼が言った。


「俺、東京に転勤希望出そうと思ってる。もっと、ミユさんのそばにいたい」


うれしかった。でも私は、首を横に振った。


「ううん。それはタケルさんの人生。私のためじゃなくて、自分のために動いて」


その言葉を受け止めてくれると、わかっていた。



それから一年。ゲームの中の冒険は続きながら、現実も少しずつ動いた。


そして今春、タケルは東京本社に異動になった。


「おはよう、ミユ先生」


仕事帰りに駅で待っていた彼が、冗談っぽくそう言った。


「先生って呼ぶの、やめてよ」


私は笑いながら、彼の隣に並んだ。


「ログイン完了」


彼がそう言った。私は、そっと彼の手を握った。