妙義山

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場所:群馬県富岡市

標高:1,104m


せっかくの登山なのにデジカメを忘れてしまったので

ケータイ画像でお楽しみください??




標高は高くないけれど、上級者コースは毎年命を落とす人がいるそうです。

妙義山は、登山者にとって満足度の高い山として評判ですが

評判通り、丸一日すっごく楽しめましたニコニコ

もちろん、私は初心者コースですよ‥。



まずは“大”の字めがけて!




この“大の字”の下の壁が一番怖かったですね~‥

鎖はあるし、足が掛けられるように岩に穴が空いているのですが


「もっと右~

 もうちょっと下~」


と、下から指図してもらって震えながら降りましたよ叫び


途中で

「私はもう無理です。」

なんて、固まってしまっている女子もいました。


クライミングは怖いよ~




裏からみた大の字




そして、鎖、鎖~







第4石門まであるのですが、見事でしたアップ



登山口にある妙技神社はNHK大河、源義経の撮影にも使われた神社です。

今回は神社も楽しみにしていたのですが、台風の被害にあったようで工事中でした。。



それにしても、妙義山は楽しかったのでぜひまた登りたいですね。

桜の時期は麓が華やかになるそうです桜



一目惚れ

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からし色に染めの美しい蝶々オオルリアゲハ標本


写真が悪すぎですがキレイなんです!

紬の訪問着なのでなかなか活躍できそうです。


紬の訪問着って格が微妙なところですが

それなりの所にも着て行けるし、洒落着として気楽に着れる・・・

と、私は勝手に理解しております。


花柄の着物より帯合わせは楽ですね。







11月にデビューする予定ですが秋か・・・

季節が微妙~ガクリ

主枝:オオニソガラム

客枝:ブバリア

他:アスパラ



当初右にオオイソガラム(白いつくしのような‥)が2本生けてあったのですが

咲いたときのバランスを考えて左に移りました。


オオイソガラムは白い小さなお花をたくさんつけるので丸い形になるそうです。


花を知らないと生けられないですね汗




主枝:ドラセナ 客枝:バラ  その他:ソリダコ






真ん中のバラを短く切り、丈をずらすという技(?)を習得いたしました。


外ではなく中のお花の丈を短くするなんて!



・・・・・部屋が暖かかったせいか、バラが綺麗に咲いていたのは3日でした。


という訳で4日後にバラをチェンジしてみました。






日野宿本陣

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バスに乗って日野駅方面へ向かいます。


日野宿本陣(佐藤彦五郎邸)







甲州道中45宿のうち現存する3つの宿場のうちの一つ


現存する建物は1863年に建てられたものであり

ちょうど新撰組が京都へ経った頃のものです。


中に入るとガイドさんがすごく丁寧な講義をしてくださります。

畳の上に座ると幕末の空気が・・・


佐藤彦五郎なくして新撰組はなし!

彦五郎は天然理心流の道場主でもありその師匠が近藤周助(勇の義父)

彦五郎の妻ノブは土方歳三の姉にあたります。


この佐藤道場で近藤勇と歳三が出会うことになるのです。


玄関を入って扉をあけたところに歳三がお昼寝をしたという部屋があります。

ちょうどワタシがシャッターを押している場所です。



書は文武両道の意。




歳三の小姓 市村鉄之助が約2年にわたり隠れていた部屋です。

鉄之助は、歳三の命により落城寸前の五稜郭を脱出します。

歳三の遺品を胴巻きに入れて乞食も同然の格好で彦五郎の道場に現れました。



釘隠しはコウモリ。




奥には本来は「上段の間」とう身分の高い方が泊まる部屋があったそうですが

明治26年の日野大火により彦五郎の親戚(有山家)が消失したために有山家へ移されたそうです。


・・・上段の間をあげてしまうなんて、彦五郎さま太っ腹!


明治天皇が思わず笑ってしまったという襖

なんか、ボーダーのワタシが写っているし見えずらいですね。。




たけのこの そのたけのこのたけの子の

子のゝゝ末もしけめるめてたさ


“のこのこ”の語感が楽しいですね。


他にも新撰組隊士であった大石鍬次郎がはったとされる天井がありましたよ。



今日はいくつか歳三の銅像を拝見しましたが

やっぱり写真が一番男前ですねドキドキ




新撰組といえば切り込み。

刀の時代の人がこんなに完璧に洋装を着こなすなんて何者!?


歴史小説を読み、妄想を膨らませているうちに

すっかり“幕末”にはまってしまったのでありました汗


婚期逃がしそ~~ガクリ

土方家ご訪問♪

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高幡不動からモノレールに乗って万願寺駅下車。


「土方歳三資料館」である土方家へご訪問。





資料館といってもご子孫の方のお家の一室を一般公開しているものです。

写真をみてお分かりでしょうが生家は改築されて現存のものはありません。


歳三の生家は1846年に洪水で流されてしまったため現在の場所へ移転。

もとは石田寺の「とうかんの森」のあたりにあったようです。


なんか、、ご子孫が個人で資料館を運営しているあたり。

幕末からあまり時間が経っていないことを感じますね~。


石田散薬の薬箱

愛刀和泉守兼定(いずみのかみのかねさだ)

池田屋事件のときにも着用したという鎖帷子(くさりかたびら)

やわらかくて女性が書いたような書体、豊玉句集(豊玉は歳三の雅号)

豊玉句集のときとは打って変わって勢いのある字でつづられた手紙

その手紙は、池田屋事件の2ヶ月前に書かれたものです。

歳三が相撲の稽古に使っていたという柱や木刀、、、お宝いっぱいでしたよ!


新撰組のトレードマークでもある浅葱色(あさぎいろ)はドラマ等では派手な水色を使っていますが

実際はグレーに近い落ち着いた色でした。

そりゃー、当時は洒落者だったんですからあの水色の羽織は着ないでしょう!



歳三が武士になる決意を込めて植えた矢竹。




このあたりのお宅は土方姓が多いです。

明治の創姓のときに村から土方歳三がでたということで皆その姓をつけたようです。



続いて石田寺へお墓参りへ。

境内には歳三のお墓があります。

歳三の遺体は五稜郭に眠っているのでしょうか。




新撰組!な一日

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『燃えよ剣』でバラガキと呼ばれていた頃の土方歳三が

六社明神のくらやみ祭へ向かうシーンから始まります。


ゆえに、ここから新撰組ゆかりの地巡りスタートです!

六社明神は現在の大國魂神社です。

京王線府中駅下車。


今日は七五三の子が多かったですね。

とても女を強姦(ころし)にゆく・・・くらやみ祭なんて想像できん。




続いて高幡不動へ


関東三代不動の一つです。




ここには、近藤勇、土方歳三を称えた「殉節両雄の碑」があります。

明治21年(1888年)に建設されました。

筆者:元会津藩主 松平容保

撰文:元仙台藩の儒者 大槻磐渓

書:元幕府典医頭 松本良順





土方歳三の像




銅像の裏側には、石田散薬の原料となっていたみぞそばが!




農民ドライ

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今年もココ・ファーム・ワイナリーへ行ってきました!

ん~~、いいお天気で最高アップ


しかし、去年とは違って人が多い・・あせる

NHKで特集をやったようですね。




農民ドライというすっきりした飲み口の白ワインで乾杯ぶどう



テーマも季節の柄も全くムシですが、せっかくのお出かけなので着物にちゃった。

葡萄柄とかワイン色とか、もっと楽しめたらいいのに。


写真の彼女、ギャル友といると友達だと思われません。

前にお花の先生に

「失礼ですが、どういったご関係ですか??」

とマジメに聞かれてしまいました。

レッスン中もどんな関係なのか疑問だったそうです。(笑)