手のないママのところにやってきた宝物。。。 -47ページ目

手のないママのところにやってきた宝物。。。

両腕のない母のところにやってきた✨天使✨

でも、、我が子も
先天性四肢欠損。
先天性右足内反足。
先天性左足脛骨欠損。
という手と足に障害を持ってやってきた!

障害者が障害児を育てる。人生と子育ての記録。

今回は、娘が生まれてからのお話を
思い出して書こうと思います。。。
もう、2年前なので忘れないように記録として、、、。

娘との初対面は、生まれてすぐ手術室の中でした。
私が、すぐに見せて欲しいと強く希望したからです。
というのも、私の母は私が生まれた時病院側が
母親のショックを考えてという事で生後3日たってやっと会わせてくれたそう。
なので私は生まれた日の写真が1枚もない。
母は看護師なので、すぐに何かあった。と感づいていたそうです。
それを聞いていた私は、
「どんな手でもいいので
産まれた時に会わせてください」
と担当の助産師さんにお願いしていました。

正直、ほとんど記憶が曖昧です。
私のように手がないととばかり思ってたので
2本あった指になぜかショックをうけ。
肘が曲がったままの片手に絶望を感じました。

その絶望感は娘が障がいがあったからじゃありませ
ん。
私自身が障がい者なのに娘にも移してしまった。取り返しのつかないことをしてしまった。という絶望感でした。。。
その後、すぐに麻酔で眠らせてもらったのですが
あまりにもアドレナリンが出すぎてからちょくちょく目が覚めてしまい苦しい手術時間となりました。。。

そして無事に終わり、、、
みんなが待つ病室へと運ばれました。。。

ここからが、地獄の始まりでした。。。

私の娘は
先天性内反足と脛骨欠損。
という障がいがあります。

脛骨欠損の方は、
残念ながら今のままでは 自分の足で歩くことは
難しく、、、、
切断をして義足にするか。
何年かかるか、わからないが何度も何度も
足を手術をしてなんとしてでも自分の足で歩けるようにするか。

この二択の選択肢がありました。
(詳しくは以前のブログに綴っています)

私は、「切断をして義足をつける」
決断をしました。。。

私たち家族は、年内の手術を覚悟していましたが
10月の定期受診の時にも手術の話はなし。
主治医からは、切断するしないも親御さん次第
と言われていたので

「切断はいつ頃になりますか?」
と思い切って聞きました。
結論から言うと

来年の春以降。急ぐ必要はないので少しでも感染のリスクが少ない時期に。との答え。

私の娘は来年で3歳です。
実は親としては少しでも早く手術をして欲しかったのが本音。
3歳ってもう記憶に残ってたり残ってなかったりしますよね?
足があったことを隠すつもりは全く無いけど
少しでも記憶に残るのと全く残らずに生活するのとは違う気がしたから。

ただ実際には、今も装具をつければ手をつなげば歩けないわけではない。
ただ、足を曲げた状態でつけるために
お座りができない。。。
一人で装着が難しい。。。

逆に言えば、どうにか歩けるのに切断する必要があるのか?
いろんな事が頭を巡ります。
ただ、「今」だけを見ててもダメだということも。。

1つ、救い?なのは
娘が大きくなった時に選択肢を残してあげれること。
娘の手術は切断。と言っても
少しでも長さを残すために
膝から下の「離断」に決まりました。

私も、実際に見た事がないのでよくわからないのですが離断をすると骨の形がモロにわかるので
見た目が嫌だ。という女性もいるということ。
ただ、離断だと
膝歩きは今までのように出来るということ。
歩く時に太ももを降り出して歩く方法だという事。
離断の義足なら娘の片手でもどうにか1人でつけられる可能性がある。ということ。
最悪、本人が見た目がどうしてもと言ったときに
「切断」の選択肢を自分で大きくなってから決めれるという事。
総合的に「離断」という結論になりました。

最終的な話は
来年の4月の診察で決まりますが
もう少しだけ、娘の足を見ていられる事が
幸せに思います。

  


障害に上も下もないと思う


自分より重い障がいのある人を見て

私はこれくらいで良かったな。と思うのは自由だし

私の方がもっとスゴイと思うのは悪くないと

思うけど

障がいに優劣はないと思いたい。


みんな、それぞれ苦労して

みんな、それぞれ幸せを感じている。


健常者も障がい者もおんなじ。

健常者の人も

苦しかったり幸せだったりするでしょ。


私たちは、悩んだり辛い事が少し違うだけで

健常者からみたら大変な苦悩かもしれないけど

私からしたら大変でもないただの悩みや苦悩。

たしかに、障がいがなければ味あわない

苦しみかもしれないけど健常者でも

結局はほかの苦しみや苦悩はやってくる。


だから、手がなかったから苦しかったり悩んだりしてるんじゃなくて

悩んでる事が手がない事から発生した理由

だっただけで手があったからといって悩むことは減らないということ。


捉え方1つで、世界は変わると思う。

私も毎回、こんな考えが出来るわけでもないし

今まで生きてきたなかで苦しいこともいっぱいあって

手のせいにした事もあったし

これからもきっと、他の人が悩むことのない理由が

たくさん出てくるんだろうけど

ただ、私の悩みの理由がそれだっただけ。


たった一度の人生は人と少し違ったかもしれないけど

そのおかげで、多くの人達が見れない景色を

私は見ていると思う。


そう思うと障がいがあるからって得なことはあっても損なことなんてないと思う。

そう思ってこれからも生きていきたい。