手のないママのところにやってきた宝物。。。 -4ページ目

手のないママのところにやってきた宝物。。。

両腕のない母のところにやってきた✨天使✨

でも、、我が子も
先天性四肢欠損。
先天性右足内反足。
先天性左足脛骨欠損。
という手と足に障害を持ってやってきた!

障害者が障害児を育てる。人生と子育ての記録。

これでいいのかな?

このまま進めていいのかな?

心の中で全然スッキリしない

自信がないそんな感覚でした...


なんでモヤモヤするのか、悩んでしまうのか

娘のためを思って校区外を決めたんじゃないのか?

そう思っていた時に


あ、何を娘が傷つかないように傷つかないように育ててるんだろう?

という思いが湧き上がってきて気がつきました


【娘にはなんでも挑戦する子になって欲しい】

そう思っていたはずなのに

いつしか、【傷つかないように】を優先している自分に気がつきました


そして、何より娘じゃなくて

私が傷つかないようにしていることに...


学校に通ってみないとわからないのに

娘のためと言いながら

私が楽だと思える道を

選んでいたんじゃないのかな?と。


娘の気持ちじゃなくて

私が望んだ道をレールの上を

歩ませよう。歩ませたい。

そう思ってたんじゃないか?


正直、そんな自分が怖くなりました。


やる前から諦めない。諦めたくない。


そういう思いを大切にして生きてきたつもりでした

でも、いつしかそういう思いを

忘れてしまっていることに気がつきました。

5月頃。

娘が

「保育園が楽しくない。

遊んでくれるお友達がいない」

夜寝る前に泣きながら、

よくそう言うようになりました


話を聞くと


・自分が思ってる遊びを一緒に

やってくれるお友達がいない


・いつもお友達の遊びをいいよと言ってあげてる


・みんな走ってばかりで全然楽しくない

そのような内容でした。


そっかぁ〜と思いながらも

毎日、解決方法はないか?一生懸命娘に正論ばかりを言ってしまう毎日。

娘は「ママはわかってくれない」と泣く

そんな毎日が続くようになって

私自身もどうしてあげたらいいのか

わからなくなっていきました。


そして

6月に小学校見学に行く予定だったので


娘に小学校の話をしました

保育園の近くの小学校の方が

知っているお友達も多いからそっちに行けるようにお願いしようね。という話をしました



すると娘が

「みんなお家の近くの学校に行くんだから、なんで私だけお家から遠い学校なの?そんなのダメだよおかしい!」と言うのです


それでも私の中では

少しでも知ってるお友達が多い方がいいし、

娘だけじゃ無く私の事も理解してもらわないといけないし、放課後、そのまま保育園の学童にも行かせたいし。そんな事をまだこの時は思っていました。


ですが、、、そのあと

保育園の学童のお話を聞くと

娘は利用条件を満たさずに通えない事を知り


私の中で、3年間ひたすら校区外一本だった考えが


このまま進んでこれでいいのか?という

心のモヤモヤと不安がでてくることになりました。



5月から小学校へ向けての準備が始まりました


住んでいる校区内の小学校はマンモス校


私は、今通っている保育園の近くの

校区外の小規模校に通わせたい


そういう希望がありました。


私自身がほんと小さな学校で育ち

ありがたいことに

障害のことでイジメにあったことはなく。

少しでも伸び伸びと育って欲しい

娘にもそういう思いで

校区外に行かせよう!そう決めて

3年前から少しずつ

教育課の担当の方と面談をして

希望をお伝えしてきました。


そっちの方向で、希望を教育委員会へと

出そうとおもい始まった準備...


私は、今まで

いろんな事を甘くみていた事に

そして、1番大切なことに

この頃はまだ、気がついていませんでした。