*人生の振り返り③* | 手のないママのところにやってきた宝物。。。

手のないママのところにやってきた宝物。。。

両腕のない母のところにやってきた✨天使✨

でも、、我が子も
先天性四肢欠損。
先天性右足内反足。
先天性左足脛骨欠損。
という手と足に障害を持ってやってきた!

障害者が障害児を育てる。人生と子育ての記録。

私は田舎育ち。
通っていた小学校はもう閉校してしまいましたが当時の全校生徒30名ちょっと。同級生は6名。
2学年一緒の複式学級で前と後ろとで別れて先生が行ったり来たりと授業をしていました。
そんな、小さな小さな小学校だったので
全校生徒みんなお友達でした。
有難いことに手がない事でのイジメや差別を受ける事なく先生達も他の子と変わらずいろんな事をさせてくれました。

ただ、小学〜高校卒業まで人に恵まれる一方で
本当に最悪な先生にも出会いました。

まずは小学2年生の担任。
私だけでなく同級生みんなが忘れたいというくらいの最悪な先生でした。
後々母から聞いた話が
担任と母が初めての面談の時に言われた一言が
「あの、よく笑うのも何か障害ですか?」
だったそうです(笑) 確かによく笑う子だったみたいですが母は怒りよりもそんな質問が来ることに拍子抜けしたと言っていました(^_^;)

4年生の時は保健室の先生。
ある日、保健授業でタバコの授業がありました。
その当時、トリビアの泉?のヘーボタンが流行ってた頃で授業の中で知らなかったことや「ヘ〜」と思ったらボタンを押しましょう!という少しゲーム感覚な授業。
その中で、妊娠中の喫煙についての話の時。
保健の先生が
「妊娠中に母親がタバコを吸うと目が見えなかったり耳が聞こえなかったりaiさんみたいに手がなかったり障がいを持った子が生まれる可能性があります」と言ったそうです。←私は真剣に授業を受けてなかったのとあまり気にしてなかったのでうる覚え、、、、
その問題で同級生達は、ヘ〜ボタンを押しませんでした。すると「あれ?ヘ〜じゃないんですか?」と催促され嫌々ボタンを押していました。
その時は何事もなかったかのように帰ったのですがその日の夜に同級生の1人が親にこういう授業があって私が可哀想だった。と話してくれたらしく私の親に伝わりちょっとした問題に発展した事がありました。今になってはいい思い出ですね。

でも悪い事ばかりではなく、
楽しい思い出の方がたくさん✨✨
小学1年生の時は
念願の自転車デビュー!
親の反対を押し切り補助輪を外し
ハンドルに手を置くだけしか出来ないので
ブレーキを握れないという事で
ハンドルの上にブレーキをズラしてもらい押すタイプにして乗り回していました。
↑調子にのって側溝に落ちた事は内緒(笑)

小学2年生の時
ソフトテニスを始めました!
またまた、親は乗り気ではなかったのですが
やらなきゃわからない精神で
始めたテニスは卒業まで続けました。
右脇にラケットを挟みで左手をラケット下に添える。腰の捻りを使ってボールを打つ。
問題はサーブ。先生が考え付いたのが
首でボールを挟み落としてワンバンさせて打つ方法。先生が頼んで公式戦にも特別ルールで出してもらえました。
決して強くはなかったし限界はあったけど
たった1度だけ勝った事がありました。
その日は相手チームは私を見てもう楽勝ムード。
まぁ、それはそれは手抜きな試合でした。
腹が立ち。腹が立ち。腹が立ち。
でも、相手はその手抜きが仇となり
こちらはペアの子が頑張ってくれて勝ったのです!!
最初で最期だったけど、みんな自分の事のように喜んでくれたのを覚えています。
諦めない精神。って大切なんだなぁと
実感した瞬間でした!!

こんなして書いてると記憶って蘇るんだなと思うこの頃です。
まだまだ、たくさんの思い出が、、、、
またどこかでちょこちょこ書けたらいいなと
思います(*´꒳`*)

次は人生最大にグレた中学時代です。
でも、そのおかげで今の私がいて
いまの、周りの人との出会いがありました。

娘が産まれてからよく思います。
意味のないことは1つもないんだ。と
その時は分からなくても後から結論がついてくる。
きっと人生てそういうものなのかなぁ。なんて、、、、
うまくまとまらなくて長くてごめんなさい。
どなたかの目にとまってくれてたら
それだけで嬉しいです😊