小説 「加油!Celina!」 -17ページ目

小説 「加油!Celina!」

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日本人ビジネスマンが、中国人留学生と知り合い、全く違う環境・国籍・年齢を超えて、少しずつお互いを理解していく。互いの文化の違いを学びつつ、友達の輪を広げて、成長していく姿を日記風に描いていきます。

   ローランサンが、ロシア連邦ロシアバレエを見て画いたという、バンビ”牝鹿と二人の女“、男マネが美しい貴婦人を描いた、“灰色の羽根帽子の婦人”、カールおじさんモネの連作、“セーヌ河の朝(ジヴェルニーのセーヌ河支流)”など、約90点の西欧絵画を見ながら、知的な探求をひととき堪能した。

 昼食は、最近ブームになっているという、広島のB級グルメ、。「うまいけん 食べてみんさい」、というコピーにつられて、“ばくだん屋のつけ麺“、を食べてみることにした。。広島つけ麺とは、原型は戦時中の中華人民共和国中国で、作られていた料理がスプーン基になっている・・・と伝えられているそうだ。昭和60年ごろから廣島つけ麺と呼ばれるようになり、専門店が登場する。そして今世紀に入りサタデーナイトフィーバー芸能人の発言がきっかけで、全国のTV番組に登場。 一気にブームが巻き起こったとのこと。現在、広島広島には、ばくだん屋を含め専門店が約50店ほどあり、廣島つけ麺を扱っている店をあわせると、約300店近くに上るといわれているそうだ。のど越しつるつるの冷たい麺に、茹でキャベツキャベツキュウリきゅうり、そして自慢のねぎ広島ネギがたっぷりのっている。これを秘伝の辛みを入れた特製和風ダレで味わう。鼻鼻の頭から汗あせるが出るほどの辛さがヒィ~突き抜ける。しかしこの辛さの中に、だしの旨み、甘みをしっかりと感じることができた。なお辛さの度合いは、全く入らないものからメラメラ無限大と、客のラブラブお好みに合わせて、パー注文できるのだそうだ。湖南省出身のちびまるこちゃんCelinaならメラメラ無限大に挑戦するだろうなと、想像した。好き・・・大阪は心斎橋・名古屋では、金山に支店があるらしい。・・・(Θ_Θ)

  午後の会議の後は、地元の人に連れられて、広島広島風お好み焼きの店で、チョット早い夕飯となった。 駅から歩いて10分ほどの、“大名”、というお店。おばちゃんが切り盛りしている、庶民的な店。値段も、“スペシャル”、(ステーキ一切れ豚肉・エビ海老・イカいか入り、ソバ入り)を注文したのだが、¥880円と安い。キャベツキャベツとソバがドッサリ入っていて、ボリュームも満点なのだ。・・・麺好きな 金さんは、ソバが入ったお好み焼きは、どう評価するのか興味がある。お腹がいっぱいになって、合格幸せな気持で名古屋へ帰った。

   今週は広島へ出張した。 例の如く名古屋を早朝に発ち、午後からの会議の前に2時間ほどの自由時間を作った。広島駅に到着後、市電に乗って、 紙屋町という中心部へ移動。広島城凸の近くにある、ひろしま美術館を訪問した。ここは銀行広島銀行が、創業100周年を記念して設立した美術館。昭和20年8月6日、F-2原爆によって幾多の尊い命が失われ、町は廃墟原爆ドームと化した。そうしたF-2原爆犠牲者の鎮魂と平和の祈りが込められて、誕生した美術館だそうだ。


 ここには、ニコルソンVincent Van Goghゴッホの絶筆ではないかとされる、“ドービニーの庭”、があり是非見てみたかったのだ。バルビゾン派のドービニーは、ミレーとともにニコルソンゴッホが最も尊敬した画家だったそうだ。オーヴェール・シュル・オワーズにやってきたゴッホは、ドービニーが住んだ家と庭をテーマにした、大作を描いた。この作品と告示した、作品がスイススイスのバーゼル美術館にあり、どちらかが贋作ではないかはてなマークという論争もあったそうだが、どちらもニコルソンゴッホの直筆という鑑定があったそうだ。スイススイスのものは黒猫が庭にいるが、こちらの絵にはいない。またこちらの絵のほうが、筆のタッチは穏やかな絵となっている。この作品はニコルソンゴッホが死ぬ、十字架2週間前に描かれたもの。どういう心境で、これらの絵を描いたのか黒猫の意味はなど・・・謎は今も、謎のままだ。・・・次に ピカソが最初の妻、ギリシャ ヘタリアオルガとの息子を描いた作品、“子羊を連れたポール、画家の息子、二歳”、を見た。ピカソは、物事を立体的に表現する、画家キュービズムの手法で、一世を風靡した画家だが、こうした、普通の絵ももちろん描ける力量があることを、再認識した。・・ ・アート



  ちびまるこちゃんCelinaがドキドキ好きなシャガールの絵もあった。“インスピレーション”、という作品を鑑賞した。パレットを手にして、悄然と佇む画家。シャガールの自画像であろう。背後のキャンバスには、まだ何も描かれていない。しかしインスピレーション(想像の天使・・・、愛妻べラのイメージと思われる)が、表れて何かの啓示を与えている。砂に指で砂を絵の具絵の具 藍色に混ぜて描いた、珍しい作品である。記念に絵葉書を購入した。・・・・・・続いて、ルノワールの、“パリスの審判”。ルノワールは一時イイタリアタリアを旅行して、古典的な構図や題材を描いた時期があった。この作品は、ギリシャギリシア神話が題材で、最も美しいswiss女神は誰か ギリシャヘラ・ちびたりあアテナ・ヴェーカービィアフロディーテ(ヴィーナス)の中から、選ぶことをパルテノン神殿トロイ王子スイスパリスが選ぶ場面。スイス(目つぶってる)パリスは、絶世の美女itariaヘレネ(スパルタ王の妻)を与えると約束した、ヴェーカービィアフロディーテに 「最も美しい人へ」、と書かれたりんご林檎を差し出す・・・ルーベンスなどの巨匠も描いた画材なのである。・・・続く

  日本日本の女優第一号として名をはせた日本川上貞奴は、明治4年に生まれ、16才で着物芸者となり、その美貌と利発さで、伊藤博文など、明治の元勲に贔屓にされたそうだ。明治27年に川上音二郎と結婚。黒振。結婚して、芸事は引退した。川上一座のアメリカアメリカ公演で始めて、女優として舞台に立ち歌謡ショー評判を得る。NHK・TVで放映があった様に、当時は日本日本では、おたふく女性の役は、女形の男性が演じるのがしきたり。ところが女形がダウン病気で倒れ、ピンチヒッターで歌謡ショー演じたところ、ちびめりか(のほほん)アメリカ(泣)ちびめりか(のほほん)欧米人に大うけ。 イギリスでは、エドワード皇太子に宮殿に招かれ、その舞踊を絶賛され、1900年のエッフェル塔(昼)パリ万博では、展示品よりも着物彼女の魅力が評判となり、フランスフランス政府から勲章を受け、一躍「マダム・サダヤッコ」、として有名になったそうだ。若きピカソも感激して、日本彼女のデッサン■を描き残しているという。




 その後、夫が死亡亡くなり、名古屋で絹生産販売の事業を起こし、日本の電力王と呼ばれた、福沢桃介(福沢諭吉の娘婿)をsssパートナーとして、「二葉御殿」、で生活を送ったそうだ。「若いときに、日本貞奴が暴犬に襲われているところを、当時ペン慶應の大学生だった桃介に救われて・・・知り合ったそうよ」、「その後、桃介はエッフェル塔(昼)パリに留学し、それぞれ別々の人と結婚。黒振。結婚したものの、忘れられない人だったんでしょうね川上音次郎が無くなってから、恋がメラメラ再燃したのね。」、「 ロマンチックです桃介は、当時慶応義塾の先輩である矢田績に招かれ、「名古屋電燈(株)」、の取締役に就任し、木曽川での長音記号1水力発電を進める為に名古屋に拠点を構え、事業パートナーsssとして、日本貞奴を呼び寄せ川原たとも言われているそうだ。この二葉御殿は、名古屋名古屋の政財界人や文化人の集まる社交場・・・サロンとなっていたようだ。大広間には、美しいガラス ステンドグラスが、輝いていた。「日本の女性演劇界の先駆者なんですね。当時、女性の地位は低かったけど・・・男女てんびん座平等に尽力した人みたいです。」・・・ジェンダー学を学ぶちびまるこちゃんCelinaが,感心したように尊敬の眼差しで、説明文を見入っていた。



 近くにある、太閤本店という、和食店で、1000円の太閤ランチを食べた。結構ボリュームがあったので、三人とも満足。最後に、近くにある堀美術館に、行ってみることになった。ここは、小さな美術館であるが、最近リニューアル・オープンされた。ちびまるこちゃんCelinaも 金さんも前から訪問してみたいと思っていた美術館なのだそうだ。収蔵品は、主に日本代表日本の近代画家。梅原龍三郎とか、藤田 嗣治 などの絵画■をじっくり鑑賞した。・・・この辺りは、名古屋名古屋で1番のお嬢様学校といわれる、学校金城女子大学などもあり、文化の香りがする町であった。・・・