ロシアバレエを見て画いたという、
”牝鹿と二人の女“、
マネが美しい貴婦人を描いた、“灰色の羽根帽子の婦人”、
モネの連作、“セーヌ河の朝(ジヴェルニーのセーヌ河支流)”など、約90点の西欧絵画■を見ながら、知的な探求をひととき堪能した。
広島のB級グルメ、。「うまいけん 食べてみんさい
」、というコピーにつられて、“ばくだん屋のつけ麺“、を食べてみることにした。。
広島つけ麺とは、原型は戦時中の
芸能人の発言がきっかけで、全国のTV番組に登場。
一気にブームが巻き起こったとのこと。現在、
、そして自慢の
広島ネギがたっぷりのっている。これを秘伝の辛みを入れた特製和風ダレで味わう。
鼻の頭から汗
突き抜ける。しかしこの辛さの中に、だしの旨み、甘みをしっかりと感じることができた。なお辛さの度合いは、全く入らないものから
想像した。
・・・大阪は心斎橋・名古屋では、金山に支店があるらしい。・・・
の店で、チョット早い夕飯となった。 駅から歩いて10分ほどの、“大名”、というお店。おばちゃん
が切り盛りしている、庶民的な店。値段も、“スペシャル”、(
豚肉・
海老・
いか入り、ソバ入り)を注文したのだが、¥880円と安い。
キャベツとソバがドッサリ入っていて、ボリュームも満点なのだ。
・・・麺好きな
金さんは、ソバが入った
お好み焼きは、どう評価するのか
興味がある。お腹がいっぱいになって、





広島銀行が、創業100周年を記念して設立した美術館。昭和20年8月6日、
、町は廃墟
と化した。そうした
原爆犠牲者の鎮魂と平和の祈り
が込められて、誕生した美術館だそうだ。



この作品と告示した、作品が
スイスのものは
黒猫が庭にいるが、こちらの絵にはいない。またこちらの絵のほうが、筆のタッチは穏やかな絵となっている。この作品は
2週間前に描かれたもの。
のままだ。・・・次に ピカソが最初の妻、
オルガとの息子を描いた作品、“子羊を連れたポール、画家の息子、二歳”、を見た。ピカソは、物事を立体的に表現する、
キュービズムの手法で、一世を風靡した画家だが、こうした、普通の絵ももちろん描ける力量があることを、再認識した。・・ ・

シャガールの自画像であろう。背後のキャンバスには、まだ何も描かれていない。しかしインスピレーション(想像の天使・・・、
愛妻べラのイメージと思われる)が、表れて何かの啓示を与えている。
砂を絵の具
に混ぜて描いた、珍しい作品である。記念に絵葉書■を購入した。・・・・・・続いて、ルノワールの、“パリスの審判”。ルノワールは一時イ
タリアを旅行して、古典的な構図や題材を描いた時期があった。この作品は、
ギリシア神話が題材で、
女神は誰か
ヘラ・
アテナ・
アフロディーテ(ヴィーナス)の中から、選ぶことを
トロイ王子
パリスが選ぶ場面。
パリスは、絶世の美女
ヘレネ(スパルタ王の妻)を与えると約束した、
林檎を差し出す
日本の女優第一号として名をはせた
川上貞奴は、明治4年に生まれ、16才で
芸者となり、その美貌と利発さで、伊藤博文など、明治の元勲に贔屓にされたそうだ。明治27年に川上音二郎と
結婚して、芸事は引退した。川上一座の
アメリカ公演で始めて、女優として舞台に立ち
女性の役は、女形の男性が演じるのがしきたり。ところが女形が
病気で倒れ、ピンチヒッターで
演じたところ、

イギリスでは、エドワード皇太子
に宮殿に招かれ、その舞踊を絶賛され、1900年の
パリ万博では、展示品よりも
フランス政府から勲章●を受け、一躍「マダム・サダヤッコ」、として有名になったそうだ。若きピカソも
感激して、

亡くなり、名古屋で絹生産販売の事業を起こし、
日本の電力王と呼ばれた、福沢桃介(福沢諭吉の娘婿)を
パートナーとして、「二葉御殿」、で生活を送ったそうだ。「若いときに、
に襲われているところを、当時
慶應の大学生だった桃介に
救われて・・・知り合ったそうよ」、「その後、桃介は
忘れられない人だったんでしょうね
(株)」、の取締役に就任し、木曽川での
たとも言われているそうだ。この二葉御殿は、
となっていたようだ。大広間には、美しい
ステンドグラスが、
輝いていた。
眼差しで、説明文を見入っていた。 

結構ボリュームがあったので、三人とも満足。
日本の近代画家。梅原龍三郎とか、