今日は東区の白壁町から撞木町あたりを
散策する計画で、
Celinaと
金さんと自転車を
連ねてやって来た。この辺は昔は、
武家屋敷だったところで、明治・大正期は名古屋の実業家たち・・・ソニーの創業者の盛田さんも、ここに住んでいたそうだ。第二次大戦の空襲でも
奇跡的に焼け残ったエリアなのだそうで、長屋門や白壁・黒壁の残るお屋敷町だ。昔の洋館
や日本家屋は、あるいは料亭となり、あるいはレストランになり、あるいは
名古屋市の文化財として、市民に開放され保存されていたりする。
以下のような建物を、順に見学した。・・・
赤いレンガと
白い大理石造りで、正面入口を入ると、そこは
ヨーロッパの何処かの美術館にでも来た様な感じ・・・
中央階段の柄の良い大理石の手摺、正面と吹き抜けの天井には、
ステンドグラスがはまり、ネオバロック様式というのだそうだ。ここでは結婚式
もおこなわれるようで、ちょうど
が
記念写真を撮っていた。 「
とっても綺麗
」、
「憧れちゃいます。私もあんなドレス
着てみたい。」・・・
金さんが、乙女チックにうっとりした眼差し
で見つめていた。
・・・
2階・3階と、当時の会議室や法廷が保存されていた。
鐘楼(復元)は100年前に建てられたフランス製とのこと。中に入ると街中の喧騒を感じさせない、
厳かな静けさである。「あちらの庭に、
聖母マリア様の像があるよ。」、「ルルドの奇跡のマリア様ですって。
」・・・
二人とも、なにやら長~~い、お祈りをしていた。
③豊田佐助邸・・・和洋折衷の建築物。石の門柱を潜ると、白いタイルの洋館があり、ここが、自動織機の発明で有名な豊田佐吉の弟、佐助の邸宅である。その当時の
洋風を取り入れた、ハイカラな生活は、ご自慢だったのだろうな~とか、いろいろ想像してみた。
)・・・創建当時は、文化のみちエリアの北端、東二葉町にあり、2000坪を超える敷地に建てられた和洋折衷の建物は、
その斬新さと




ベルギーの画家として知られているが、実際にはそれらの運動から、やや距離をおいて活動したそうだ。この作品は、彼の画風が
確立した円熟期のもの。ここには、
裸婦、
アンモナイトに見入る学者
、線路のない旧式の汽車
や彫像など、デルヴォー作品にはお馴染みのモティーフが、非合理的に配置され、神秘的な光
とあいまって、この絵に幻想的で、
その他、ジョアン・ミロなど近代西洋美術の作品を鑑賞した。


の有名店に行ってみた。何でも大阪の道頓堀とか、名古屋の栄にも支店がある、
全国展開している名店のようだ。
店の中に入ると、びっくりした。カウンターは、1つ1つの席が半個室に仕切りによって、
完全に仕切られていて、
隣の人が食べているのが、見れないようになっている。また前も赤い大きな暖簾
がかかっており、従業員の姿は、見えないようになっている。食べる事に集中できるように、こういうレイアウトになっているそうだ。よほど味にも
があるのか
チャーシュー・卵など、トッピングができる。机に備え付けられている
紙に、麺の固さ、スープのこってり度、秘伝の
たれといわれる辛い調味料の量、ねぎは
青ねぎか
白ねぎか
机の前方に置くと、わずかに開いている隙間から、従業員の手が
半熟卵をトッピングして、注文してみた。・・・
バリバリ(麺固め)、こってりです。
どんぶりと、卵が入ったお皿が出てきた。ゆで卵はお客がそれぞれ、殻を剥いて、食べる直前にトッピングするようだ。丁寧に剥いてから、
箸で崩して、
れんげに、スープとともに掬って、
など、30種類の調味料が
ブレンドしいてあるそうだ)があり、これを
スープに
混ぜると、辛い味付けに変化する。・・・辛くなったが、
とても美味しいスープになった。
1滴残らず飲み干す。麺好きの
美味しい
・・・と感激した。・・・


会議の後は、ステーションビルで、夕飯に、大松の
“
芋焼酎のロックが、じつにピッタリとくる。・・・仕事の疲れも癒されて、幸せな酔い心地のひととき。こちらも博多名物で、「
まいう!
」このように
ビジネスマンにとって、地方への出張の楽しみは、名所旧跡をめぐったり、土地の美味しいものを
福岡市美術館を
新幹線に乗って、博多までやって来た。 到着したのは、10時30分・・・
ウツら、ウツらしながら約4時間である。早速、
博多城があった、大濠公園に着いた。今は天守閣はなく、
お濠が残っているのみではある。博多城は、初代福岡藩主黒田長政が、
関が原の戦いで、1番の軍功を
上げたとされた直後の、慶長6年(1601年)から7年がかりで
築城した城で、別名「舞鶴城」。平山城で、天守閣はなく、大中小の各天守台と47の櫓があった。現在は、多聞櫓(重要文化財)、潮見櫓、祈念櫓、
母里太兵衛邸長屋門、名島門などが保存され、大天守台は、
展望台になっている。
大きな池の中にいくつかの浮島を配し、それぞれが観月橋・
松月橋
中国杭州の
西湖の景観にも似た風景となっている。
池には多くの水鳥が
浮かんでいるが、
海が近いので


集団でランニングする一段が通り過ぎた。1周2Kmほどのジョギングコースが整備されているようだ。私も走ってみたくなった。・・・


ダーシャから聞いた、
黒田官兵衛の話を思い出した。彼は長政の父。
徳川家康や前田利家の名前を挙げたが、秀吉は、
官兵衛がその気になれば、わしが生きている間にも、天下を取るだろう
側近は、「官兵衛殿は、10万石程度の大名に過ぎませんが
秀吉は、「お前たちは、やつの本当の
力量をわかっていない。やつに
100万石を与えたら、とたんに天下を
奪ってしまう
」、と言った。これを伝え聞いた官兵衛は、身の危険を感じて、
44歳の若さで家督を長政に譲り、隠居を申し出たという。・・・

は、わずか200円。
アメリカで、
ナチスの故郷への
侵攻を知り、最愛の妻
ベラを失って、
終戦直後(1945年)に描かれたこの作品は、
を乗せて、
小さな村の上空を翔ける
そり(アトラージュ)に、彼は、
平和への希望を込め、自らの再出発の記念としたとのこと。・・・
