マモルという名前について | 自転車で大陸を越えるブログ

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学生のとき自転車で日本縦断、オーストラリア横断。一旦は就職したものの、会社を辞めて北米縦断。次に目指すは中南米縦断。このブログを通じて自転車で海外を旅する楽しさが、なるべく多くの人々に伝わればイイなぁ…と思っています。

以前、作家の素樹文生さんのブログにコメントを書き込んだら、
マモルさん、「マモル」という名前が人格に及ぼした影響って、ありますか?
っていう質問を頂いた…ことを見逃していたのに最近気付いた。
(マモルという名前は本名です)

これはとても難しい問題である。こまったこまった。
理由は簡単で、この類の問題は対照実験が出来ないのだ。

つまり、今ここにいるマモルはずっとマモルという名前だったし、
もし僕がタロウという名前だったら、僕は今とは違う人格だった
かもしれないけど、それはタロウ君に会ってみないとわからない訳で、
でも僕はマモルなわけで、第一僕は次男だし、えぇ~と、そもそもマモルが
タロウ君を仮定する段階ですでに矛盾があるわけであって…
…ううぅ、頭がチーズフォンデュになりそうです。説明無理っす。

 * * *

まあ、難しげな話は無しにしてマモルという名前をマモルなりに考えてみる。

僕は姓名判断などはまったく信じられない。
画数などで人格が決まるはずが無い…と思っている。
姓名判断は一種の心理療法に過ぎない(ちなみに星占いも信じない)。
でも名前の「響き」でその人の人格が大きく変わることはありうると思う。

この名前の響きによる人格の変化は女の子ならば顕著で
例えば「ハナコ」さんよりは「レイコ」さんの方が美人で清楚な
響きがあるので第一印象で得をして「スレる」ことがない気がする。
一方「ハナコ」という名前はある種の反骨心を芽生えさせる気がする。
(あくまで僕の独断と偏見です。全国のハナコさんスイマセン…)

で、「マモル」の響きはというと、なんとなく丸っこくて
柔らかくてやさしそうな気がする。自画自賛してるんじゃない。
「マモル」というホンワカした名前は、小さな頃はイヤだったのだ。
なんとなく「男らしくない」名前な気がしていた。
もっとコウジとか(広島ではコウジは英雄を意味していた)
タケシとかアキラ等の名前が良いなぁと思っていた。
男の子は柔らかい名前より硬い名前を求めるのだ。
「ハナコ」さんほどじゃないけど自分の名前に反抗していたと思う。

さらに輪をかけて僕の本名は「将」と書いてマモルと読むので、
だれにも読めないのだ。学校の先生でさえ間違える。読めた先生はいない。
新学期はいつも「あ…えっと、×マサルじゃなくて○マモルなんです…」
と言っていた気がする。携帯やカード会社からもマサルで手紙がくる
ので訂正の連絡をしなきゃならない。ろくなもんじゃないのだ。

以上のように僕はマモルという名前で得することがないまま現在に至る。

 * * *

うぅ~ん、なんだかわからないけれど「マモル」という名前は
僕の人格の形成に多大な影響を与えている気がする。
どんな?と聞かれても困るけど、なんとなく影響されてると思うのだ。
僕が少し反抗的なのは「マモル」という名前のせいかもしれない。

素樹さんの「フミオ」はどうですか?なんとなくカッコイイっすけど。
なんだかその他大勢の人からデータを取りたくなってきました。