アメリカングラフティージョージルーカスの出世作というのも周知のところ。フランシスコッポラもプロデューサーで関わってるという豪華さ。
  リチャードドレフィス、今は監督業のロンハワード、若かりし頃のハリソンフォードが出てたりと、キャスティングもすごくいいですね。
  僕はスターウォーズよりかはこちらの小品の方が好きです。
  時代がベトナム戦争前、おそらく50年代終わりから60年代はじめの頃でしょうか?アメリカが一番輝いていた時代。
  音楽もオールディーズや初期のロックの時代。ビーチボーイズは流れたけど、ビートルズはかかってないという選曲が、なんとなくこだわってるなと思いました。ビーチボーイズでも、ロンハワードが少しくさすシーンがあって、まだまだケツの青いバンドという位置付けだったのでしょう。
  ミュージカルではないけど、シーンとシーンの間に滑り込むようにその音楽がバックに流れており、このタイミングの良さに心地良くなってしまいます。また、この音楽を流すのがウルフマンジャックという名前の幻のDJという設定も、
  ハイスクールの最後の夜という設定もいいですね。卒業パーティーがあり、そこで生バンドの演奏でダンスを楽しむというのがアメリカらしいです。
  先生が生徒からタバコを頂戴し、生徒への将来の希望を述べるシーンがあったり、夜の街を車で流し、ナンパする男、される女、共にその雰囲気を楽しんでるのも、おおらかな感じで、その時代アメリカが憧れだったのがわかるような気がします。
   物語の中心はカート(Rドレフィス)、スティーブ(ロンハワード)、ジョン(ポールルマット)、テリー(C.M.スミス)の4人。
   カートは翌朝東部の大学に行く事になっているものの、この時期になって行くかどうか、迷っている。そんな中、街角で年輩だが心惹かれる女性に出会い、何とか再会しようとする中で、ギャング団の仲間に入れられそうになったり、元彼女に会ったり、幻のDJウルフマンジャックと思わしき人物に出会い、彼にラジオの電波で女性に呼びかけてもらったりし、少しづつ新しい自分へと脱皮してゆきます。
  スティーブは走り屋で腕っ節も強いという役柄。カートには東部の大学に行くなんて馬鹿馬鹿しいみたいなことを言うのですが、本心はどうだったのでしょうか?高校最後の夜、車を繰り出してナンパをするのですが、うまくいかない。ようやくオーケーが出て、その女の子から妹をそちらに寄越すと言われ、やって来たのは中学生くらいの女の子。
   さすがに幼すぎて、カートは辟易し、なんとか家に帰そうとするものの、女の子の方はというというと、子供扱いされてる事に腹が立ち、何とか一緒にいようと画策します。そのやり取りが漫才のボケとツッコミみたく、面白いです。
  ポールは、カートの妹と付き合っています。彼も大学に行くためにこの土地を離れます。
  当然カートの妹にはたまにしか会えなくなります。彼は彼女に、心はいつまでも君と一緒だが、お互いがお互いを縛るのはやめよう、と自分はよそのところへ行って浮気するのは当然みたいなことをしたり顏で言うんですね。
   ポールはカートに大学に行かないなんて自分の人生を捨ててるようなものだ的なことを言って、偉そうに説教するんです。
   しかし、一番子供なのはポールかもしれませんね。カートの妹にきつく当たられ、結局は大学進学を諦め、彼女の元にいることになるんですから。
   そしてテリーです。僕は彼のエピソードが一番いいなと思います。チビで出っ歯、お金も車もなく、鈍臭そうなかんじ。女の子に言い寄っては全敗(でも諦めないとこはすごいです)、本当にいいところがないんです。
   それが、ポールがこの土地を離れるから車を預かってほしいといわれ、すごく嬉しがります。夜の街を車で流し、女の子と仲良さそうにしている姿を遠目に見ながら、羨ましがってましたから。
  車があることで、自分もスタートラインに立てたという気持ちでしょう。
  窓ガラスを開け、そこに肩肘付きながら夜の街を流していきます。カッコつけて女の子に声をかけまくるのですが、相手にされません。
  ちょっと諦め掛けていた頃、少しケバい女の子と一緒になり、ドライブするんですね。
  彼女、どちらかというと車を、カッコいい持ってるという部分にほれたんだと思います。
  テリーは、元から借りた車という引け目があります。それを悟られぬように必死で嘘を重ねていきます。
  タイガーテリーと呼ばれているなんて虚勢を張って、彼女の気持ちをつなぎ止めようとするあたり、とても涙目ぐましいですね。
  虚勢を張ってる割には彼女の言いなりで、お酒が飲みたいといわれ、酒屋で道行く大人に声をかけては、未成年だろと断られる。
  快くいいよと言ってくれた大人にお金を渡し、待てども待てども戻らないので、店に行ってみれば、酒を買って裏口から出てったよといわれ。つまり逃げられたんですね。
  でなんだかんだ言ってようやく酒を手に入れ、彼女の信用を得たと思いきや、車を盗まれてしまうと、いう。
  ここにカートの妹に一旦振られたポールがやってきて、彼女にあれはポールの車だと悟られないように立ち振る舞う姿には感動してしまいます。

  話のラスト付近、夜明けにハリソンフォードとロンハワードのスティーブが車で競争するシーンで、物語も終焉を迎えます。
  別々のエピソードを歩んでいた4人が集まります。
  今まで遠慮していたスティーブも、中学生の小娘を家に帰したことで本気出します。
  じつはカーチェイスで、ハリソンフォードに一度負けてるんですね。小娘がいるときに。
  朝日が昇る中、勝負は始まり、一気にカタがつきます。結果スティーブの勝利。
  3人他集まっていたギャラリーは拍手喝采。
  ハリソンフォードの車は転倒、命からがら車から抜け出した途端、車は炎上。
  悲惨やけど、朝日をバックに、妙に清々しいシーンでした。

  とりあえずはカートが飛行機で東部に旅立つシーンで、この映画のエピソードは終わります。
  当然4人はそれぞれの人生を歩むことになります。
  ラスト、彼らのその後が、モノクロの顔写真とタイプで打たれた文字により知らされます。
  カートは作家に、ポールは地元に残って、カートの妹がと結婚、保険の外交員となります。
  しかし、ルーカスもコッポラも意地悪というか、リアリストなんですかね。
  スティーブは交通事故で死亡、テリーはベトナム戦争で行方不明との文字が、なんの情緒もなく、無機質なタイプの打つ音と共に、文字情報として、観客に提示されます。
  影があるからこそ、輝かしい時代が引き立つとでも言うように。