エレンとはかの有名な略奪シーンでダスティン・ホフマン演じるベンジャミンに略奪される、キャサリン・ロスが演じた女性。
略奪後、追いかける人々を尻目に、バスに乗り込んで、二人して、どや顔をしているのが、なんとも印象的だった。
こんな結ばれ方をして、このあと二人は幸せになれるのか?
映画のことながら心配してしまうが、なんとかなるかと思わせるのが、この時代のアメリカの雰囲気なのかなとも思う。
50年代の楽観的な感じでもなく、60年代に入り、ベトナム戦争の重みを感じながら、古い因習を破って新しい何かを生み出そうという予感に満ちた時代。
日本では難しいかなとも思う。なにせ、狭いから。
もともと、移動を基本としているアメリカ。以前、書いた「歌えロレッタ」では、14歳のロレッタが結婚してはるか遠い場所に引っ越すのだが、そのとき父親が「お前ともこれで最後になる
かも」という言葉を残しているくらい、どこか行くのが当たり前の文化を持っているのだ。
それはともかく、この略奪シーンばかりが取りざたされるこの映画だが、前半から後半のさわりにかけて、これでもかとばかり描かれているのが、ミセスロビンソンとベンジャミンの情事のシーン。
ラストのさわやかさにくらべ、なんともドロドロが続くのだ。
そこをロビンソンさんが見事に手籠めにしてしまったわけ。
だいたい、呼びつけておいて、エロイ服装で現れ、もじもじしているベンジャミンをからかうように、大人の手ほどきをしてみせるくだりは見ていてこっぱずかしいくらい。(でもややうらやましくもあるけれど)
そのうち、ベンジャミンも手馴れてきて、いっぱしの遊び人風になっていき、あまりに勉強や就職活動を行わず、ふらふらしている様子を見た
父親から説教される始末。
しかし、俺は世界を知っているとばかり、右から左へ聞き流しで、どうやら遊びに夢中のご様子。
それにしても毎回あいびきが、おそらく彼らの住んでいるところから程遠くはないと思われるホテルというのもどうなんかな。しかもホテルの
従業員に名前覚えられているし。
でもこういう関係の常でそのうち倦怠期がきてしまったようで。
そんなとき、ふたりの情事が、ロビンソンの旦那にばれてしまうのだ。
そのときのミセスロビンソン。
自分は嫌がっているのに、ベンジャミンが無理やり襲ったと、ベンジャミンにすべての罪をなすりつけてしまう。
ほんとにこの人は悪やなーと思いましたね。
自分の欲望や刺激を満たすためにベンジャミンをたぶらかしたにもかかわらず、自分はなーんも悪くないと開き直おるところ。
見ていてかえって気持ちはいいけれども。
それにしても、ドロドロの内容にもかかわらず、青春映画の代表的な感じでとらえられているのは、やはりサイモン&ガーファンクルのところどころに挿入されている曲のおかげでしょうね。
このきれいな音楽の前ではすべてが浄化されてしまう。挿入されるタイミングもいいんですね。映画の演出がずるいというか見事やなと思います。
映画は1967年公開、マイク.ニコルズ監督の作品。


