映画 聾の形を観た | まぶたはともだち

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最近はプロ野球もお熱です。

三連休初日のきのう、昭島のショッピングモール「モリタウン」で1800円払って映画観たあと、1200円のインドカレー食べてアンテンドウで200円もするパンを6個ほど買いました。

特権階級にでもなれたような気がしました。

 

カレー。うまい。

なぜか帰ってから自分でもカレー作った。見た目はご愛敬

 

 

・映画 聾の形

公開初日に朝イチで観てきました。本編の前に市長が「作品の舞台である岐阜県大垣市に来てください」とわざわざPRする映像が流れたけど、別にこの物語が大垣である必然性って皆無だし、景勝地が出てくるわけでもなく、わざわざ聖地巡礼してくれる人なんてそうはいないんじゃないかな…。

どうでも良いけど、主人公の妹(背が低くてショートカット)が使っているデジカメが、たまゆらのラストで楓が使い始めたものとすごく似ていて気になったのですが、どうなんでしょう。カメラに明るい方、どうか教えてください。

 

京都アニメーションが制作してくれて本当に良かったと思います。

連載時に新聞の書評とかでも取り上げられていたので「聴覚障害者のクラスメイトをいじめて傷つける話」というのは流石に知っていましたが、そんな陰惨なものをわざわざ手にとって読むような気はしませんでした。

他ならぬ京都アニメーションがアニメにするならば…、という気持ちで重い腰を上げて、昭島まで行ってきた次第です。例え何があろうと何を言おうと、お互いの間にしこりやわだかまりが完全に解消される訳がなく、一体どういうオチをつけるのだろうということばかり気にしていました。


上映後、隣に座っていた男子二人組が「刺さったわ~!」「俺も刺さったわ~!」と話していたのが印象的でした。刺さる、とはおそらく「自分の内面に踏み込まれて心をえぐられたような心地になった」というようなニュアンスかと思いますが…自分は特に自らの学生時代と物語を重ね合わせたりすることもなく、ましてや感動するようなこともありませんでした。自分ががアブノーマルな学生生活しか送ってなかったのもありますが。

 

恐ろしいと思ったのは加害者側である石田たちよりも、被害者である西宮で、とにかく自分が常に周囲に迷惑をかけているという意識が表面から根っこまで染みついていて痛々しかった。西宮が再会した元クラスメイトたちにトラウマ的な感情を抱いている描写が一切ないんですよね。それどころか、途中で石田のことを好きだとか言ってしまっている。

本当に…病的なレベルで卑屈になっている。石田たちと一緒にいじめていた植野になじられるくだりがあったけど、植野の言うことももっともだと思いました。

 

そんな彼女をすくい取ったのが、石田の「俺が生きるのを手伝ってほしい」というフレーズなんでしょうね。あれは本当にアレしかないという絶妙の言葉でした。

やり直しがきかないことでも、明確に解決できることでなくても、その先に行けることもある。聾の形は、そんな可能性を示唆してくれました。そんな気がしました。

 

個人的な経験ですけど、中学入学時、クラスに耳が悪い女の子がいて、自己紹介で「私は耳が悪いので迷惑をかけるかもしれませんが…」という挨拶をしていたのですが、直後に心無い男子から「お前耳聞こえないんだって?耳クソ詰まってるんじゃないの?」と言われて一発で完全に不登校になっていました。

彼女は転校することもなく、卒業まで教室にイスと机がありましたが、その後一度も見かけることはありませんでした。あのことを思うと、とても陰惨なようで、救いに満ちた話のような気がします。

色々考えさせられる良い機会でした。

 

(2528日目)