<不義理の後悔(2)>


そんなこんなでSと付き合うM、Uと付き合うF、
Uのことが好きなままのY、
そして他人の恋愛の手伝いばかりしている私。
そんな状態のまま1年近くが経ちました。


中1の終わり頃か中2の初めの頃のこと。
部活帰りで真っ暗になった道を一人で帰っていると、
突然Uが表れて呼び止められました。
なんだ?またFへの仲介か?と思って話を聞くと、
そこに待っていたのは予想外の爆弾発言でした。
私のことが好きだ、と。


UのことはFとの仲介をやったりしていたこともあって
「距離の近い女友達」とは思っていましたが、
私にそれ以上の気持ちはありませんでした。
もし仮にUにそういった気持ちを持っていたとしても、
ここでUの気持ちに応えようものなら私は友人二人を裏切ることになる。

それだけは絶対にできない。


私はそのことをUに伝えました。たぶん。
あまりにも予想外の事態に混乱していたせいか、
Uの告白を断ったことだけは覚えているのですが、
それをどう伝えたのかはあまり覚えていないのです。
ただ、このことはFやYに知られるわけにはいかない。
今あったことは俺の中だけにしまっておこう。
そう思ったことだけは強烈に覚えています。


しかし女子、ましてや中学生という年頃を考えれば、
このことは女子の間ではすぐに広まったのでしょう。
実際、女子のそういう事情に通じていたある男友達からは
「お前、Uをフったんだって?」と言われました。
しかしFやYからの私への接し方はそれまでと何も変わらず、
私から彼らに聞くわけにもいかなかったため、

彼らがそれを知っていたのかどうかはわからないままでした。


その後、何事もなかったかのようにFとUは付き合い続け、
私の中には何か釈然としないモヤモヤしたものが残ったのですが、
少しするとそれに構っている場合ではなくなりました。
家庭の都合による私の引っ越し=転校が決まったのです。


転校に対する不安や動揺のせいか、Uの件のせいか、
それとも単に思春期のせいだったのかわかりませんが、
その頃の私は何か漠然とイライラするときがありました。
当時の担任の先生からも引っ越し直前の通知表のコメント欄に
「転校が決まったせいか、精神的にやや不安定なときが見られた」
と書かれました。


当時は今と違って「落ち着きがない」とか「忘れ物が多い」など
日常生活での悪い点を担任が通知表にハッキリ書いていた時代でしたが、
そこそこ優等生だった私はそれまでマイナス面を書かれたことはなく、
通知表に初めて書かれたマイナスのコメントでした。
しかしそれは自分でもわかっていたことだったので、

「あぁ、外から見てもわかるくらい俺はそんな感じだったのか。
あの先生、ちゃんと俺のこと見てたんだな…」
と思ったことは今でも覚えています。


1学期の終わりも近づき、引っ越し準備を進めていた頃、
塾からの帰り道で私はとある女子の一団に呼び止められました。
そしてその中の一人から告白されました。
その子はUや私たち男グループとはほとんど関わりのない子でしたが、
私は彼女からの告白を断りました。
それは相手の子がどうのという問題ではありませんでした。


Uの件以降、私は恋愛というものから距離を置くようになっていました。
その頃にはYとFの関係は以前よりギクシャクしたものになっており、
そんな状況を招いた元凶ともいえる恋愛感情というものに
不信感や懐疑心に近い警戒心を持つようになっていました。
1年の頃はあれだけ仲の良かった俺たちが恋愛なんかのせいで…と。


しかし、そうした自分と反比例するかのように、
周りでは皆ますます恋愛絡みの話が増え、盛り上がっていました。
俺がおかしいのか?俺は間違っているのか?
Uを巡って争っているYとFにはもちろんのこと
Sと付き合っているMにもそんな自分の考えを相談できるはずもなく、
自分でも考えがまとまずにモヤモヤしたものを感じながら

引っ越しまでの残り少ないこの中学校での生活を過ごしていました。


今にして思えば、これが私の人生において、
「普通」とか「当たり前」とされているものに対して
それを鵜呑みにせず距離を置いて懐疑的に見る、

という思考の第一歩だったのかもしれません。


そして一学期の終業式の日、この中学に通う最後の日、
クラスで転校の挨拶も済ませ、さぁ帰ろうかというとき、
Sが私への選別としてプレゼントをくれました。
「忘れないでね。手紙書くからね」と泣きながら言うS。
そのとき、自分がSになんと言ったのか、なんと答えたのか、
実はまったく覚えていません。
Sの泣いている姿を見た直後からしばらく、
私の記憶はすっぽり抜け落ちているのです。


たぶんその少し後だと思うのですが、男子連中から「元気でな」とか
「遊びに行くから」とか言われながら見送られて校舎を出ると、
私たちの学年の教室があった3階の廊下窓から
「元気でね~」とたくさんの女子が私に向かって手を振っていました。
あれ?俺ってこんな人気者だったっけ?と少し驚きつつも、
手を振り返してみんなに感謝と別れを示しました。


こうして中2の夏、私は慣れ親しんだ学校を去ったのでした。

 

 

(3)へ続きます。