現在、無職でありまして

時間が有り余るのかな、と思っていましたが

ご飯作って、洗濯して、食器洗って、買い物して

ご飯作って、食器洗って、洗濯物たたんで、

ご飯作って、、、、

とエンドレスに家事が続いていて


これで、育児して夫の世話もして

仕事も行ってなんて

大変すぎる!みんな偉すぎる!

と、世の中のお母さん方に感心しています。



断捨離も少しずつしていまして

その中で、今までどうしても捨てることが

出来なかったものがあります。


何かというと、元夫から誕生日プレゼントに

もらったバッグで

二人で買い物に行って「どれがいい?」

とか言われて選んだものではなく

彼がひとりで選んでくれたもので

「あー、バッグ屋さんで女物のバッグを選ぶの

恥ずかしかったろうなー」

と思い

なんかすごく大切にされているように

感じてうれしかった思い出があります。



今回、どうしてそのバッグを捨てられないのか

考えてみました。


それで、私はバッグという「物」ではなく

「大切にされた(ように感じた)」という

「気持ち」にこだわっている、執着しているのかな

と思いました。

(あと、若いころの「キラキラしているような自分」というのもあるかな)

(ホントは全然キラキラしてなかったけど)


考えみたらバッグをもらったのは

25年ぐらい前のことで

「おいおい、それ以降大切にされたこと

ないのかい!」

と、自分にツッコミを入れてしまいましたが



でも、違うのです。

それ以降もパートナーや子どもたちから

たくさん大切にされているし


一番自分を大切にしてこなかったのは

自分だということもわかってきました。



今回、バッグを捨ててみて

「まだ使えるのに、もったいない」

みたいな気持ちはありましたが

それだけでした。

逆に「捨ててやったぜー、スッキリ!」

みたいな高揚した気持ちもありません。



しかし

25年前のバッグを捨てるだけで

こんなにこだわりや執着を持ってしまって


「物」ではなく自分の中にある

自分をきゅうくつにさせている

「思い込み」や「執着」を手放すのは

どんだけ大変なんだろう

と考えてしまいました。


でも、それらに気づいて

手放すことが出来たら


意外と

「あー、そんなもんですか」

「なんで、こんなもの大事にしてたんだろう?」

と拍子抜けしてしまうのかも

と思いました。





〈まとめ〉

その自分の中にある

「思い込み」や「執着」って

自分を守ろうと

何年もかけて必死でよかれと思って

自分で厚く厚くしてしまった壁(鎧)なので


それを壊していくのは

とても怖いように感じます。


焦らず、ゆっくりやっていこうと思います。




あー、さっきお皿洗ったのにまたお皿が

たまってる

「カレーのお皿に、キレイなお皿重ねるの

やめてくれる!ヨゴレが広がるでしょ!」

あー、家事も手放したいなー



今日も最後まで読んでいただき

ありがとうございました。