今日、人と話していて、発見したこと。

「人に頼りにくいとき、それでもなんとなく頼れる場所」が、そこの地区のその場にもあったんだ、ということ。

 

きっと、

辛くなった時、疲れた時、なんとなく行けるカフェとか、

お店とか、

そこに行けば少し元気になれる場所があると思う。

 

でも、店主の都合や、年齢の問題や、転勤やで、

そういう場所は、気づけば減っていたり。

 

減ったら自分もさみしいけど、元気をもらっていた他の人たちはどうするんだろう。

 

病院や、市町村の見回り?や、公共性の高い場所で、

そう、社会全体の取り組みのような仕組みで、もちろん救われることは沢山あるけど。

私もいろんな場面で助けられたけど。

 

でも、そうでは無い、いろんな用途で色んな人が訪れる場所。

遊びに、買い物に、食事に、お仕事に、みんなで集まりに、一人でただ過ごしに、家主に会いに、話しに。

そういう場所。

もちろん、人のお店やおうちなら、仕事や生活の大邪魔はだめですが。

それでも、そういう大変そうなことを、おおらかにしてくれる人が、そこにもいたのかと。

 

面白い、でも少し怖そうな、でも賢くて温かそうな。そんな人。

ご夫婦の会話の様子を見ていたら、笑えることが大切なのだとよく感じる。

 

社会に「助けて」と言えなくても、少し元気になれる場所がある。

 

誰かのそういう場所があったということに、勝手に感謝したのでした。