ある日、みんなが寝静まった頃、白のフリフリのブラウスにレースの膝丈フレアのスカートで、すっぴんにウィッグだけの姿で、自転車に乗り、いつものように、近所を徘徊しながら夜風を気持ち良く感じていました。
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すると、目の前に白と黒の不吉なツートンカラーの車が止まるではありませんか。気が動転した私は、あろうことか猛スピードでその場を離れてしまったのです。
当然の事ながら、その車は赤色灯を回転させながら、追いかけて来ました。
狭い路地をクネクネ曲がりながら逃げ回り、もう大丈夫だろうと、あるアパートの影に隠れていると…そう、呆気なく捕まってしまったのです。
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流石にお巡りさんは凄い!と、自分の置かれた状況も考えず、ただ関心してしまいました。
パトカーの中で、下着まで見られて、自宅アパートでは持っている女物を全部見せました。
結局、自分の女装癖や女物はエリザベス会館や通販で買った事を説明したところ、今後は気をつけるように言われ、許してもらえました。
ここで、教訓!パトカーを見たら、慌てず騒がず、笑顔でご挨拶しましょう。

(写真と内容とは無関係です)
専門学校を優秀な成績?で卒業した私は、秋葉原に程近い大手企業に就職しました。住まいも川口市に移り、アパートでの本当の意味でのひとり暮らしが始まりました。職場が秋葉原という事もあり、エリザベス会館にも何度か通いましたが、女装に対する罪悪感は以前にも増して大きくなり、女装用品を買っては処分し、また買っては処分を繰り返す生活が、何年も続きました。
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この頃になっても、残念ながら、インターネットのイの字も存在せず、女装に関する情報は殆ど入手することは出来なかったのです。
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もし、生まれるのが15年以上遅かったら…
間違いなく、ホルモンやって、脱毛して整形して…人生全く変わっていた事と思います。その方が良かったのか…その答えは、まだまだ先になりそうですが。

(写真と内容とは無関係です)
こうして、夜だけの女装生活がしばらく続き、辛うじて高校にも進学ができました。
しかし、この頃から、自分は変なんだ!という罪悪感が強くなり、高校時代の3年間は、女装を封印してしまいました。
幸にも、吹奏楽に没頭でき、いつしか女装への執着心も薄らいでいきました。
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そんな平穏な高校生活を卒業し、東京にあるコンピュータの専門学校に進学。2年目から待望のひとり暮らしが始まりました。といっても、老夫婦宅の2階を間借りするという、いわゆる下宿暮らしでした。
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この頃から、昔の悪い癖がムズムズ顔を出してきて、帰省する度に、妹や母親の使って無さそうな下着や洋服を少しずつ拝借しては、下宿に持ち帰るようになりました。
この頃になっても、インターネットはまだ普及しておらず、ましてやデジカメなんてものの存在も無く、相変わらず、室内のみの孤独な女装でした。ただ実家の時と違うのは、お休みの日は昼間から楽しめた事です。
貧乏学生には、これ以上に深入りすることはできませんでした。

(写真と内容とは無関係です)