ぼーーっと、特に何にもしない、なにも考えない、日曜日。
静かだなぁ。
とおもっていたら、友だちから飲みにいかない?とお誘いのLINE。
ここ最近のみにいくことも少なくなって、タイミングも合わず、会えていない。
きょうも行けないや、、断ろう。 すぐに頭がそういった。
でもふと、こんなにも断ってばかりなのに、
私から誘うことは全くと言っていいほど最近していないのに、
どうして誘ってくれるのだろう、と疑問におもった。
それすらとても失礼だとわかった上で、日曜日の脳ミソで少し考えてみる。
閉ざそうと思えば閉ざせるものばかりが溢れているなかで
それぞれが繋がろうとする。繋がっていたいと願う。
私にとってそれはずっと昔からどこか不思議な感覚があって
そんな自分の感覚を酷いなぁなんて他人のように思うこともあった。
そんな風に生きてても
だいすきなものはだいすきなままで
ずっとここにある。
繋がりに安心感は求めていないし感じることもない。
よろこびは、もちろんある。
繋がりについては、むしろ逆に不安要素ばかりみつけて自分に引きずり込むことすらあった。
じゃあ、どうして私はこんなにも安心しているのか。
ここにある。なんて胸はって言えるのか。
、、たぶん、
自分のだいすきなきもちを、素直に信頼しているから。
てことは、
私はこれからもそれだけをしていれば生きていけるってことになる。
だいすきなきもちを信頼しているから
同じようにそんなひとたちが、近くにいるってことになる。
そのひとたちも自分の気持ちを信頼しているから
他人がどうしようと、どう思おうと、関係ない。
もしずっと誘っても無理で、会えないときが続いたとしても
結局は自分。気にしないのかもしれない。
つまるところ、類は友を呼ぶ。か。
繋がっていようと思って誘ってるわけじゃない。
ただ、誘ってくれているんだなぁ。
シンプルにそのまんまを受け入れる、受け取ることの身軽さを知ってるひとたちが
これからはどんどんまわりに増えてくる。
そういうことかぁー
