茂は陸軍所属の将校として

満州に駐軍した。


一緒に妻も満州に来た。

満州では本土より良い生活が出来ると聞いていた。

しかし実際には食糧もなく

強盗や脱走が横行していた。


茂の部隊は満州では巡回がほとんどで

実戦経験のないまま南方へ送られた。


いきなり船を降りて行軍し

ジャングルの奥深くへ進む。


味方が作った塹壕の中を

必死に小さくなって走り続けた。


何度も何度も

背後から爆発音や爆風を浴び

後ろに感じていた味方の気配が

薄れては戻りを繰り返し


茂も死を覚悟した。


野営地に着いても食べる物はなく

負傷した兵を置いて

動ける者だけで先へ進み

途中で民家が有ればそこを襲う


明日にはこの野営地も

敵軍に渡っているかもしれない

置いていく者の中には

二度と国には帰れないと悟り

進む者たちに持っている食糧や

家族からの御守りを渡してくる者もいた


茂の隊と合流した他の隊と

集めても10人かそこらだった。


昼は敵軍の弾をかわし

ジャングルの中を走り

夜に一段と少なくなった仲間と身体を寄せ合った


交代で見張りをした。

茂は満州から一緒にきた少佐とともに

眠っている仲間から少し離れ

敵軍が攻めてくるであろう闇を睨み続けた。


朝になり少佐と隊に戻ると

隊は全滅していた。

敵軍によってではなく、

クマに襲われたようだった。


茂と少佐は迫る敵軍を前に

戦わずに死んだ仲間たちを見て

自分や死んだ者たちの無力さに泣いた。


そして次の野営地で敗戦を知った。

あと数日、いやあと1日、

隊があそこで休まなければ。

茂は死んだ仲間と自分の違いを思った。

あの時、たまたま見張りに出ていたのが

茂だっただけで、あそこで死んでいたのは

茂でもおかしくなかった。

少佐は放心し、その後は姿を見なかった。


負けた。





その時の事はその後も

上手く表現出来ない。


ただ敵軍に投降するのは情けないと思った。

悔しさで自ら死ぬ者もいた。


茂にも一丁の銃が支給されていた。

激しい爆撃に対して敵うはずもないのは

明らかなみすぼらしい銃だったが

茂ひとりの命ならなんとかなりそうだった。

茂もいっそここで、と思った時、

ひとりの兵に手を抑えられた。


命を粗末にしてはいけない


そんなことを思ってもみなかった。

駆け回って駆け回って、

毎日命は減らされていく


茂と少佐だけになって何が出来ると言う

無力さや戦わうことすら無かった無念さが

少しずつ頭をもたげた


茂を止めたのは

尋常小学校で教師をしていたという男だった


男は死んだ兵たちの持ち物を漁り

食糧や目星い物を見つけては

自分の懐に入れた


最初は忌み嫌っていたが

少しずつ同じようにする者が増えた


茂もそうして食いつないだ


隊が動き、茂は満州に行く隊に編入された

一緒に来た少佐は居なかった


背後から戦闘機の音がしても

以前のような爆撃が有るわけでもなく


ただ行き過ぎるのを見ているだけだった


必死に隠れて走ったジャングルを

昼間に列をなして歩いて進むとは


茂の中で、あの日見張りに出なければ

仲間と眠っただろう自分をこのジャングルに

残してきたような生きているのか

死んで空から仲間を見ているのか

そんな錯覚と現実の間をウロウロしながら歩いた