次の日の朝は、友達に会うなり質問攻めにあった。
あの後翔太郎とどうなったのか、どんなやりとりをしたのか知りたがっていた。実は彼からの連絡はなかった、と友達に伝えるとみんな信じなかった。冷やかす感じで、二人の秘密なのね〜といった感じで、ニヤニヤされた。
私自身は、舞い上がっていた自分を恥ずかしく感じていた。もしかしたら、からかわれただけで、全て嘘だったのかもしれない、それとも罰ゲーム的な遊びだったのかもしれない、と思った。
体育祭は二日間に分けて開催され、昨日と同じように賑やかな試合を繰り広げた。が、私はどこか上の空で、明らかに昨日の楽しさはなかった。グラウンドの泥は完全に干からびていた。
昼になり、私たちは食堂へ行った。その道中も、人に見られている感じがした。特に一つ上の女子からジロジロ見られている気がした。翔太郎たちのグループは、いつも女子も混ざっていた記憶がある。彼女たちからしたら、下級生の私たちは面白くない存在だろうと、なんとなくわかった。混雑時の食堂は、外のテラスまで人がいっぱいだった。タイミングよく空いた席に、私たちが座ると、女子たちが一斉にこっちを見ていた。
「なんかめっちゃ見られてるよね?」
親友の優樹菜がそう言った。
「すごいね、ヤバいね」
隣の真由も声を潜めて、小さくなった。
そんなに私たちが注目を浴びるほど、彼らは人気なのか、と驚いた。なんと居心地の悪いことか、と思った。
「あ、ねえ、一番奥のテラス、いるよ!」
真由が言った。視線の先を見ると、翔太郎たちのグループがいた。見慣れた光景だった。そこには同学年の女子もいて、みんなで楽しそうに笑い合っていた。
ドキッとしたが、ヒヤリとした感覚に変わった。翔太郎はとある女子と至近距離でスマホを見ていた。彼女は彼の肩に肩肘を乗せていて、親密さが伺えた。私はサッと目線をずらした。彼らと目が合いたくないと思った。
「あの人、石川先輩っていうの、多分元カノだよ、翔太郎くんの」
優樹菜がそう言った。
「うん、前は2人でいつも一緒にいたよね」
と、真由も頷いた。私は、その石川先輩の容姿があまりにも美しいので、少し嫌な気分になった。彼女はスラっと背も高く、足も細くて長い。サラサラのロングヘアにアジアンビューティといった美形の顔立ちだ。
それが元カノならば、なぜ私が選ばれるのだろうか、と、不思議と落ち込んだ。私は背も高くなく、どちらかというとぽっちゃりしている。顔も丸い。美しさとは無縁だ。どんどん惨めな気持ちになり、そのあと私は彼らを見ないようにした。そして逃げるように食堂を後にした。
昼休みの後、私たちは校庭で同じクラスの男子チームのサッカーの試合を応援していた。と言っても、私たちはお喋りばかりしていた。
グラウンドはサッカーの試合が同時にできるように2つに分かれていた。片方の試合はまだ始まっていなかった。
しばらくすると、ゾロゾロと生徒たちがグラウンドに現れて、もう片方の試合が始まるようだった。それが翔太郎たちのチームだった。
彼らはやはり目立つのだ。背の高さのせいなのか、顔立ちなのか、着こなしなのか、とにかくそれぞれみんなに華があった。優樹菜と真由は、クラスメイトのことなど忘れ、顔を赤くしながら興奮気味に翔太郎たちのチームに釘付けだった。サッカーに参加してない彼の友達も応援に来ていて騒がしく、一気に賑やかになった。私の目も、自然と彼らの試合に向いていた。
「ねぇねぇ!あっちで見ようよ!」
と、優樹菜と真由に引っ張られ、彼らの試合を間近で見ることになった。私は、彼らを応援している友達の中に、女の子たちがいたので足がこわばった。さっきの石川先輩もいたからだ。そんな私の気持ちなど知る由もない2人は、それぞれが憧れている男子に熱い視線を送っていた。
「キュン死しそう…」
「ヤバいね、カッコよすぎ」
と、何度もため息をついて呟いていた。2人の目はトロンとして、恋している顔だった。
私は、翔太郎を見て、この先そんな風にときめくのだろうか?と、ふと思った。確かにずば抜けてカッコいいし、昨日の出来事を思い返すとドキドキする。でも、私の中で、好意があるのかと言うと、わからなかった。
「あぶない!!」
誰かが叫んだ。と同時に、私の顔面に凄まじい衝撃があった。突然方向感覚を失って、体が打ち付けられた。目の前に土があって、倒れたと気づいた。大慌てで駆け寄る優樹菜と真由。その背後には、試合中の男子たちが全員こっちを見ていた。翔太郎も、私を見ていた。
「大丈夫?!大丈夫?!」
「立てる?!」
二人が私を起こしてくれた。
どうやら、サッカーボールが私の顔面に飛んできたようだった。恥ずかしくて恥ずかしくてどんな顔をしていいかわからなかった。そしてヌルッとした感覚が鼻の奥に流れたのがわかった。
「あーーーー!!」
優樹菜が叫びながら手に持っていたタオルを私の鼻に当てた。が、みるみるうちに、赤く染まった。
「めい、保健室行こう!!」
彼女たちにそう言われた。サッカーコートはザワザワして、笑い声も聞こえた。
「ちょっと笑い事じゃないでしょ!謝りなさいよ!翔太郎!」
と言う女子の声が聞こえた。
ああ、そうか、翔太郎が蹴ったボールが私に当たったのか。
私は両手で赤く染まったタオルを握りしめながら、顔を隠した。タオルがあって良かった、と思った。涙が溢れた。誰にも気づかれたくなかった。
やっぱり恋人なんかじゃない。
私はひどく傷ついていた。どうしようもなく心が落ち込んでしまったのだ。耳の奥に、翔太郎の笑い声がこびりついていた。
私は保健室でしばらく横になりたいと先生に言った。
「閉会式までには、戻るね。」
と、なんとか笑顔を作り2人に言うと、彼女たちは心配そうな顔をしながらも去って行った。
ベッドに横になり、外から聞こえる歓声や騒ぎ声を聞きながら、私は泣き続けた。涙が止まらなかった。ポロポロと溢れた。枕はどんどん濡れた。みじめで、恥ずかしい気持ちで胸が痛んだ。
ハッとした。
寝てしまっていた。
先生に起こされ、とても驚いた。
「少しは休めたかな?閉会式始まったみたいよ?参加してらっしゃい。」
と、先生は優しく背中を撫でてくれた。時計を見ると、一時間は寝ていたようだった。
少し気分は良くなった。
保健室入り口の鏡で自分の顔を見ると、右の頬が少し腫れているような気がした。血は顔についてない、と確認し、ドアを開けて、保健室を出た。
保健室を出てすぐ、私の足はキュッと言う音を立てて止まった。全く人の気配がなかったのに、目の前の廊下に座り込んでいる男子がいたのだ。
ドキッとした。下を向いていたが、彼はぱっと顔を上げた。
何秒か、目が合った。
知ってる人だ、この人は翔太郎のグループの中の人で、昨日バスケの試合をしていた人だ、と気付いた。なんでここに一人でいるのだろうか?ここは挨拶をするべきなのか、頭がまだぼうっとしていて、目だけがせわしなく動いた。
彼はゆっくりと立ち上がると、着ていたグレーのパーカーを突然脱いだ。そしてそれを私の目の前に差し出した。
私は何が何だかわからず、目の前にあるパーカーをただ見ていると、
「これ貸してあげるから、着たら?」
と、優しい口調で彼は言った。
それでも、この人は私に話しかけてるの?と理解できずにいた。
彼は、ふふっと笑った。そして、
「だって、すごいよ?その服。」
と、私の服を指差した。
え?と、私は自分の服を見た。
胸の下が血で染まっていた。
「え、、あ、ほんとだ、すごいことに…」
と、やっと私が口を開くと、彼は更に笑顔になった。
「だから、着ていいよ」
と、私の手の近くまでパーカーを持ち上げた。私はそれを受け取った。
「あ、あ、ありがとう、でも、これ…」
受け取ったところで、その後どうしたらいいのかわからなかった。
「いいよ、持ってて。体育館行きなよ。閉会式やってるよ、もう。」
と彼はまるで友達のように言った。
廊下の先の体育館からは騒がしい声が聞こえていた。
初めて言葉を交わす人なのだが、なぜ、なぜこんな優しくしてくれるのか。もしかしたら翔太郎に頼まれたのかもしれない、と一瞬思ったが、それは絶対にないと、頭を振った。
「大丈夫?」
彼は、私の顔を覗き込んだ。
私はコクっと頷いた。受け取ったパーカーをすぐに着ないと失礼かなと思い、私は彼のパーカーを広げて腕を通した。前のジッパーを閉めると、とてもいい香りにつつまれた。その香りはとてつもなく心地よく、胸がいっぱいになった。私の胸は激しくドキドキした。
昨日のバスケの試合で、彼が夏央、と呼ばれていたことを思い出した。
「あの、夏央くん?ですよね?」
私は思わず、そう聞いた。
すると彼は、少し面食らった顔をした後、
「うん、そうだよ、めいちゃん」
と、笑顔で言った。まっすぐな目で私を見ていた。またしばらく、お互い目が合って、何秒も動けなかった。めいちゃん、と呼ばれたことにも、激しく動揺して、心臓の音が喉元に響き渡った。呼吸が速くなり、鼻の穴が膨らんでしまいそうだった。私はあわてて視線をずらした。
「じゃ、ね」
そう言って彼は、体育館とは逆の方向に歩いて行った。私は、そのまま、彼が見えなくなるまでその場所から動けなかった。
つづく