茶柱豆子の小説 -8ページ目

茶柱豆子の小説

ちょっと小説読んでかない?





 閉会式は、心ここに在らずだった。
 脳内で何度となく、夏央とのやり取りが繰り返されていた。優しい笑顔と声が何回も何回も行ったり来たりしていた。私には大きいパーカーが、まるで自分を不安なことから守ってくれているような気がした。

 彼の顔、好きかもしれない
 彼の声、好きかもしれない
 彼の香り、すごく好きだな

 私の胸は押し潰されているような気がした。それは痛みにも似ていて、喉の奥が詰まる感じがした。何度もパーカーの袖を顔に運び香りを嗅いだ。ぎゅっと、内臓が縮こまるような、不思議な感覚だ。
 まるで暑い夏のプールの後のような、気だるい、眠り続けたいような気分でいっぱいだった。

 式が終わり教室に戻る途中、さっき夏央とやりとりをした場所を通った。
 またぎゅっと体の中が縮こまった。

 夢じゃないよね?
 本当にさっき、ここで…

 その瞬間、後ろから誰かに強くパーカーのフードを引っ張られた。驚いて振り向くと、そこには翔太郎がいた。私はとてもびっくりして、目を見開いた。私の隣にいた優樹菜と真由は、彼に気づくと、
 「めい、先行ってるね!」
 と、気を利かせたつもりなんだろう、先にさっさと行ってしまった。私はその場で立ち止まった。
 翔太郎は真顔のまま、フードから手を離すと、今度は私の胸ぐらを勢いよくガッと掴んで、無理やり引っ張り、どこかへ連れて行こうとした。私の足は絡まって、何度も転びそうになった。
「おいおいおい、翔太郎、まじで?」
 と、近くにいた彼の友達が思わず声を出した。そのくらい、乱暴な振る舞いだった。私はそのまま引っ張られ、廊下の隅に追いやられた。その付近には生徒はいなかった。私の頭は混乱していた。
 「おい、てめぇ、これ誰のパーカー?」
 翔太郎は、私の胸ぐらを掴んだまま、怖い顔でそう言ったのだ。威圧感がすごく、圧倒されて後ろに少しよろけた。頭は真っ白になった。
 夏央のパーカーだと気づいているのか?だとしたら、問題なのかも、どうしよう、怖い、と手が震えた。
 でも、とくに特徴もない普通のパーカーだ。少し大きめだが、どこにでもあるありふれたパーカーに見えた。
 自分の中で色々な考えがぐるぐる回った。夏央に迷惑がかからないようにしたい、そこに行き着いた。
 「これ、自分の…です…」
 私が小さな声でそう言うと、パッと彼の手が離れた。彼は顔色を変えないまま、
 「おまえさぁ、いい度胸してんなぁ」
 と吐き捨てるように言った。私は彼が怖かったので下を向いたまま、破裂しそうな心臓と向き合っていた。
 「まあいいや。あとで連絡する」
 そう彼は言い、その場から去って行った。翔太郎が見えなくなると、ようやく呼吸ができた気がした。私は荒い息のまま、急いでトイレに向かった。足も震えていた。女子トイレの個室に入ると震える手で鍵を閉めて、パーカーを脱いだ。なにも特徴がないはずだが、心配で確認したかったのだ。やはり柄も、ロゴも何も見当たらない、そう思い背面のフード側を見た。
 「あ…あぁぁー」
 無意識に声が出てしまった。
 なんとフードをどかすと、その下に服のブランド名の刺繍が入っていたのだ。有名なブランドだ。
 私は唾をごくりと飲み込んだ。翔太郎がフードを引っ張ったのだから、絶対この刺繍は目に入ったはずだ。私が自分のだと嘘をついたこともわかっているのかもしれない。
 なんでこんな思いをしなきゃいけないのか、突然なんで私がこんなことに?と、涙が出そうになった。ぐっと堪えて、自分の教室に向かった。

 教室の前に、優樹菜と真由がいるのが見えた。また二人に翔太郎とのことを楽しそうに聞かれるのかな、と思うとため息が出た。
 ところが彼女たちは私に気づくと、真顔で駆け寄ってきた。
 「めい!大丈夫なの?」
 「見たよ!翔太郎くんはなんであんな風に乱暴に?!」
 と、怒り、私を心配しているようだった。さすがに胸ぐらを掴まれて引きずられていたので、驚いたようだ。私は作り笑いをしたが、すぐさま涙が溢れた。

 下校後はカフェに行き、優樹菜と真由と私でしばらく話した。
 彼女たちと話すうちに、私は翔太郎に好意はなく、恐怖が強いこと、本当に交際してることになっているのなら、それを解消したい、という自分の気持ちに改めて気づいた。
 彼女たちは、私を興味本位ではなく、ちゃんと心配してくれていた。それがとてもありがたく思った。どうしていいか不安でいっぱいだったが、少し落ち着いた。そもそも、私は乱暴な扱いを受けたことが一度もない。胸ぐらを掴まれるなんで、とんでもないことだし、わざとでなくとも、顔面にボールを当てておいて知らんぷりすることも理解出来なかった。

 別れ際に翔太郎が、連絡すると言ったのでそれを待とうと思った。連絡がきたら、そこできちんと彼に伝えよう、そう決めた。恐怖心のせいか、気は全く進まない。だが、一対一で誠意を持って話せば、彼もちゃんと聞いてくれるかもしれない、と考え、それはないか、とため息をついた。
 



つづく