私はびっくりし過ぎて固まってしまった。
現実味がなく、まるで夢の中のようだった。妄想でも考えない様なことが目の前に現実として起こり、頭の中がとても混乱した。
夏央はヘルメットを私に差し出した。
「早く乗れって!」
彼はそう笑顔で言った。公園の方から、もう一台バイクのエンジン音が聞こえた。が、それはすぐに途切れ、また鳴って、を繰り返した。エンジンがうまくかからないようだった。夏央のバイクとは全然違う音だった。
「あいつら来るから早く!」
夏央が私を急かした。
数秒後、ようやく私は動くことができた。急いでヘルメットを頭の上に乗せたが、ブカブカだった。そして焦ってうまくバックルがはまらなかった。夏央が手を伸ばしたので、私はバックルから手を離した。彼の手が、私の顔に触れてさらに鼓動がはやくなった。
カチャっという音と共に、彼は笑顔で座席の後ろを叩いた。
「はい!ここ!」
私はその狭いスペースに飛びこもうもして、また止まった。どうやって乗る?と、分からなかったのだ。
「早く乗れよー!
と、夏央は笑った。
私は勢いよく足を上げて、あ、自分の足ってこんなに上がるのか!と感心し、彼の背中に飛びつく感じで座り込んだ。
「つかまって!」
と言われたので両手で彼の腰を掴んだ。が、走り出すと同時に後ろにのけ反ってしまった。慌てて彼の体にしがみついた。
バイクはすごい音を立てて走り出した。私は、
「わあ!!」
と、思わず叫んだ。
彼は楽しそうに大きな声でハハハと笑った。
私はもう、どうにでもなれ、と思い、目をギュッとつぶった。彼の匂いがした。とても幸せな気持ちになって、彼の背中に顔を押し付けた。この香りが、世界で一番私を幸せにしてくれる、と思った。
バイクは想像よりもずっとずっと速いスピードだった。まるでアトラクションに乗っている気分だ。目を開けると、自分がどこかに激突するんじゃないかと息をのんだ。
「こんなにはやいの!?怖くないの!?」
私は大きな声で叫んだ。あっという間に隣の駅に来てしまった。
「どこまで行くの?!」
さらにスピードを上げる彼に言った。
「もっと遠く!追ってこられたら嫌だから!」
彼はそう言った。
どんどん先に進んだ。
見たことのある道が、あっという間に見たことのない、知らない道になっていった。
夏央は走り慣れてるのか、迷うことなく、スピードを落とすこともなく、気持ちいいくらい走り続けた。暖かい背中を強く抱きしめながら、私はこのままずっとこうしていたい、今死んでもなんの悔いもないかもしれないと思った。
ようやく彼がバイクを停めたのは、東京タワーの近くのコンビニだった。こんな風に下から東京タワーを眺めるのは初めてのことだった。あまりの大きさに圧倒された。
バイクを降りると、膝が少しガクガクした。
「すごく楽しかった!」
笑顔で彼に言った。こんな短時間でこんなところまで来れてしまうのかと感動もした。
「女の子を後ろに乗せるのは初めてだからさ、かなり気を使った」
と、夏央は言った。少しもそんな風に感じなかったが、彼なりにそう思ってくれたようで嬉しく思った。
「あと、背中の感触がヤバい!」
と笑いながら付け加えた。
夏央は、ハッとした顔をしてポケットからスマホを出し、画面を眺めて電源を切った。一緒画面が見えたが、着信通知がいっぱいきていたようだ。私も我に返り、自分のスマホを確認した。LINEの通知が56件も届いていた。初めて見る数字にとても驚いて、
「56?!」
と思わず叫んだ。
「あいつ?」
夏央が軽いトーンで聞いてきた。
「わからない…」
と私は答えた。そして母親からだと困ると思い、LINEを開いた。
56件は、すべて翔太郎からだった。胸の奥がぎゅっと強烈なストレスを感じた。私はそのまま電源を切った。
私たちはコンビニの中に入った。飲料売り場の前に行くと、
「何飲む?」
と、私に聞いてきた。私が隣に立って、どれにするか見ていると、その様子を彼が真横で見ていた。
あまりにも近い距離でこちらを見るので、
「どうしたの?」
と、私は聞いた。
すると夏央は、またハハハと笑い、顔を反対に向けて、
「ヤッバ!かわいすぎ!」
と言った。
そう言われて、私は、今まで生きてきて一番嬉しいセリフだと思った。
この日を、この瞬間を、この人をきっと死ぬまで忘れないだろうと思った。
私たちは飲み物を持って、東京タワー周辺を少し散歩することにした。都会の真ん中なのに、自然がいっぱいで、目にする場所全てが綺麗な景色だった。
私たちは、目が合うと笑いあい、くだらない会話をしたり、沈黙が流れたり、穏やかなひと時を過ごしていた。彼が翔太郎の話を出さなかったことも、気分が良く過ごせた理由のひとつだ。
「実はさ…」
と、夏央がこちらを見た。
私も彼の方を見た。
「めいちゃんに、話さなきゃ」
と言う夏央の顔は、少し緊張しているように見えた。私の胸は激しくドキドキした。期待に胸が弾むドキドキではなく、なにか、少し、知りたくないことを聞かされるのでは、と言う恐怖心があった。
つづく