愛知県豊明市からこんばんは。
自家焙煎珈琲豆散人アルジです。
落語の人情噺です。古今亭志ん朝のがいい。
江戸で名高い彫金師横谷宗珉の弟子宗三郎が獅子を彫って師匠に見せると、「この獅子は死んでいる」と言われ、見込みがないからと勘当されてしまう。
なんとか師匠を見返そうと、京にいる名人のところに弟子入りすべく訪ねたが、数日前、高齢のため亡くなったとのこと。
行く当てもなく彷徨い、紀州の岩狭屋という宿屋に泊まるが、宿代がないまま毎日酒を吞み続け、10日後になって宿屋の亭主に一文無しであることを白状する。
この亭主がなかなかの人物で、宗三郎が彫金師であることを知ると、出来上がったものを見せてもらい、こう言う。
「この獅子は死んでる」
宗三郎は、師匠と同じことを言われたものだから驚き、この亭主に弟子入りを頼み込む。
亭主は、目が利くだけのことで畑違いのことであるから躊躇するが、かえって本職でないほうが俯瞰出来て、ものの良し悪しが分かるのかもしれないと思い直し、宗三郎に仕事部屋を与え、衣食の面倒を見ることにする。
そんな中、紀州の殿様といえば徳川御三家ですが、その側近がこの宿に泊まり、懇意にしている亭主から宗三郎のことを聞く。
殿様が刀の鍔に滝を彫らせたいと言うので、この家来は宗三郎のことを話し、仕事を請け負うことになる。
宗三郎は、この頃には修行を怠り勝ちで、酒を呑んで気を大きくしてからでないと彫ることができない。それでも、亭主が見てなかなか良いと思うものを彫ったので、殿様にお見せすると、「こんなものが置けるか」と投げつけられてしまう。
それがもう一度続き、亭主の説教で性根を入れ替えた宗三郎は、21日間の滝行と断食をし、そのまま仕事にかかる。
命懸けで仕事をした宗三郎は、これが納められなかったら自害すると言う。亭主も「その時はお前だけ死なせはしない」と、よせばいいのに誓ってしまう。
出来栄えは、亭主から見て前のものより悪いと思われた。とんだ約束をしてしまったなあ、と亭主が後悔しながら、それでもお城へ持っていくと、殿様にはいたく気に入られ、三度目の正直で、納められる。
なぜこれが気に入られたか不審に思って亭主が尋ねると、殿さまがこの鍔を手に持ったら、滝から水しぶきが出たという。
この話が江戸に伝わり、宗三郎はめでたく勘当を解かれ、宗珉の名を襲名したという一席。
落語より講談のほうが合いそうですね。
猛暑ですから、ちょいと涼し気な演目を紹介してみましたが、怪談のほうがよかったかしら?
アルジがこの噺を聴いて思うのは、宿屋の亭主みたいな鑑識眼のある素人が、珈琲の世界でもたまーにいるのです。
まあ、殆どは半可通で鬱陶しいだけの評論家ですけどね。ごく稀に本物はいて、必要な存在なのです。