サマセット・モーム「人間の絆(下)」(行方昭夫訳、岩波文庫、2001年)を読みおえた。
 
 灰色のどんよりとした明け方の(“The day broke grey and dull.”)母との永訣の場面から始まったPhilip Carey の物語は、結婚を約束したSally と Philip に陽光が降り注ぐ(“the sun was shining”)トラファルガー広場の場面で終わった。

 「人間の絆(下)」は、聖ルカ病院で助手を務めるフィリップと、彼を受診した慈善患者アセルニーおよびその家族との交流を軸に進行する。途中フィリップの投資失敗による破産、放浪、伯父の死による遺産相続、医学校への復学を経て、晴れて医師開業免許の取得とつづき、そしてフィリップの結婚によって大団円となる。

 今はその余韻にひたっていたいので、あれこれの書き込みはやめておく。
 最後の数十ページは、「このストーリーもいよいよ終わってしまうか、少しでも長く続いてくれ!」という思いと、「もう結末は見えた、さっさと筆を進めろ、モーム!」という思いとがない交ぜになって押しよせてきた。
 背景、人物、そして行動の描写に無駄がなく、文章の 1行 1行が引き締まっていて、ぐいぐいと引きつけられた。

 モーム・ファンを自認しながら、代表作といわれる「人間の絆」を映画「痴人の愛」と要約版(Macmillan = 金星堂)で済ませてきたことがずっと心につかえていたのだが、ようやく懸案をはたすことができた。
 「人間の絆」はやはりモームの代表作である。

 2025年4月29日 記