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もう一度十八というのも悪くないな、と思えるときだってある。しかし十八に戻ってまず最初に何をしようかと考えてみると、僕にはもう何ひとつ思いつけないのだ。
あるいは僕は三十二歳の魅力的な女性とデートをすることになるかもしれない。これなら悪くない。
「もう一度十八に戻りたいと思ったことはありますか?」と僕は彼女に訊ねる。
「そうねえ」と彼女はにっこり笑って少し考えるふりをする。「ないわ。たぶんね」
「本当に?」
「うん」
「よくわからないな」と僕は言う。「若いというのは素晴らしいことだってみんな言いますよ」
「そうよ、素晴らしいことよ」
「じゃあなぜ戻りたくないんですか?」
「あなたも年を取ればわかるわよ」
32歳のデイトリッパー 村上春樹より
手に取った「カンガルー日和」の中にある10ページほどの短編。
32歳のいまにこそ読みたい話で、
そしてこの10ページの話の中には
32歳だからこそわかる、けして大学生にはわからない気持ちに、ぐうの音もでない。
でも、昨日からは戻りたくてしょうがない。
というより、いろんな感情がごっちゃになりすぎて、
32歳の感情がわからなくなりそうで、春の嵐のよう。
小学生のときも
中学生のときも
高校生のときも
大学生のときも
成人してからも
恋をするたびにビートルズの中のすきな曲が変わって
街のどこかや店の中、ラジオからその曲を聴けばその人との思い出が出てきて
苦しい気持ちになったり
幸せな気持ちになったり
切ない気持ちになったり
聴けばその当時にタイムトリップして
今日はもうずっと、本当にずっと頭の中でいろんな曲が映像とともに頭の中で
再生されていてひどい。
それもこれも、
一生で、会える日がくると思わなかったポールマッカートニーに会えた。
きっと、Yesterdayを制服で歌っていた12歳のわたしには
きっと、携帯の着信メロディをLadyMadonnaにしていた大学生のわたしには
きっと、すきなひとと共通の話題がほしいがゆえにむさぼり聴きまくっていたころのわたしには
絶対に想像もできない世界があった。
きっと、みんな自分の中の歌があって、
胸がいっぱいになるところも違うけど
このライブ一生忘れへん、という気持ちは
おそらく会場の全員思ってたはずや。
アンコールこみで37曲。
世界のスーパースターのサービス精神に言葉もない。
WINGSの曲も、THE BEATLESの曲も、ポールマッカートニーの曲も、
3時間弱の中で、わたしは13歳になったり20歳になったり
夢中だった、
その一言につきる。
願わくば、ポールには長生きして、そして
何度でも日本にきてほしい。
帰りにちょこママとした恋の話。
当時、県外の高校に通っていたちょこママは寮生活。
そのときすきだった男の子から寮に来る電話で、
電話ごしに聞かせてくれたレコードが
「Band on the Run」だったそうな。
「流れた瞬間泣いた」
という話がよすぎて絶叫した帰り道。
帰りのJRで
誰のことを思い出したかな、ではなく
ポールに会ったよ。
て言うことを誰に伝えたいかな、
と思ったときに、
思い出すより先に手が動いていた。
すきですきでしょうがなかった人、
ではない人だった。
きっと今のこの感情をわかってくれる人だという確信が変にあった。
変に曲の話をしたいんじゃなくて、
ただこの何かわからない感情をわかってほしかった。
そしたらマッカートニーで連想するひと第一位、だとしたらうれしい。と喜んでくれたあとに
「こないだクラムボンのフリーライブにいって「茜色の夕日」のカバー聴いたんだ」
聴かせたいな、と言ってくれた感情はきっと種類は違えど通ずるものがある。
だってフジファブリックのことを話したことはなかったから。
しばらく、きっと、32歳のわたしは電柱を数えるのにも飽きないはずだ。








