こんばんは。
昨日からものっすごく背中がぱっしぱしやったんやけど
接骨院で電気あててもらったら非常に楽なうえに、最近めっちゃ寝てまうわあ。
体楽になりました。ヨカッタ。
さて、ごしが京都に帰ってくることになりました。
今年の4月からは、京都で住みます。
もともと、ごしの働く会社は、グループ会社のなかに、本社が3社あって、
関西の本社で採用されたのだけど、内地留学みたいなもんで、2年間、
関東の本社に行ってたんよね。
2年前のごたごたまっただなか
(義父が亡くなった10日後に引っ越し。引っ越した1週間後に内部辞令。1か月後に転勤)
あれよあれよというまに
彼はひとりで東京に住むことになったのですが、
まあ、いろいろありました。
当然一緒にいくよね、家、だれかに貸すの?という人。
行かない、となると、
旦那さんがかわいそう、と非難する人。
ふたりの仲を極端に心配する人。
一時期、わたしたちの間ではなく、周りが大荒れで、
当の本人たちは、
なぜそこまで自分たちに対して喧々囂々なのか、
わかるけど、わからんかった。
はっきり言ってほっといてくれ。でした。
わたしが京都に残り、彼は東京で住む、ということを、
何度も何度も話あったし、結論をちゃんとしっかりつけた。
心配してくれるのはありがたかったし、うれしかったけど、
でも、外の人たちは、しょせん外の人で、
内部の事情なんて、知る由もない。
言いたいことは山のようにあっても、お互いに、
「いや、まあ、いろいろありまして」
としか言いようがなかった。
それに対しての、
「なんて冷たい妻だろう。旦那さんが気の毒。かわいそう、心配じゃないのかね」
という目のなんと多かったことか。
わたしは、ごしの仕事をちゃんと知りません。
いや、どこで働いてるとか、どんな部署にいる、とかはわかるよ。
ぼんやりとはわかるけど、
ちゃんとは知らん。
でも、仕事の話をきくのはすきやし、何より、働いているサラリーマンというひとたちを
わたしは何より好いております。尊敬しております。
仕事を理由にするなら、飲みかいも、会社のつきあいも、
たいした不平不満を本人には言ってないと思う。7年間ずっと。
それは、相手が仕事を好きなのを知っているので、それにつながることならいいと思っているから。
そして、わたしはそんな相手の稼いでもらったサラリーで生活できているから。
この2年間、
ごしはごしですごくがんばっていて、
たくさんの成果をあげていて、わたしには、聞いていても
口をぽかんとあけることしかできないような大きな仕事もたくさんしていたようで、
でもそれを周りに言わないところがいいなと思う。
愚痴も自慢も、ストレスのはけ口も、
言ってすむことなら身内にむかって言ったらいい。
それですっきりするのなら、すっきりして会社に行けるのであれば
仕事の愚痴なんてなんぼでもきく。
それがわたしの仕事でもある。
一言で言うなら、もう、お疲れ様でした。
ひれ伏してもいいなと思う。それぐらい尊敬します。
でも、京都に帰ってからも、向上心をわすれずにがんばれ、と言いたいです。
そしておばあちゃんになってからも楽させてください(究極の本音)
一応わたしもわたしでがんばった。
この2年間は、自分なりにいままでで一番自立した2年間やったと思う。
一人でできることも増えた。
それが自信につながり、いまがあると思う。
でも、その、一人でできることには、かならず誰かの助言なり手助けなり、
なんらかの支えがあったのも事実で、
わたしはまわりの人たちに、
ときにはお父さん、
ときにはお母さん、
おにいちゃん、おねえちゃん、弟、妹、夫、恋人、親友、先生、師匠・・
数え切れないぐらいいろんな役割をしてもらっていたと思います。
本当にわたしのまわりは
あたたかい人たちでいっぱい。
ありがとうを言ってもいいきれません。
でも、これからも、よろしくね。
という、ご報告でした。
オマケ。
こないだ話していたときに、出たごしからの軽口にみたてた一言。
(※平日は東京で仕事をして土日は京都でごろごろしたい)
ド本音!!
そして、そんなごしは、先週と今週、全日程飲み会です。先週月~日、そして
今週月~金。
てゆうかー、
まず、転勤になる時点で
連日飲み会つづきで、東京でひとりでわたしいる生活想像してくれよみんな(笑)




