5月15日の夕方。
親鳥はしきりとあちこちを見回しています。
ヒナたちの体力で過ごせる今夜のねぐらを見つけなければならないのでしょう。
ちびりちびりと移動して、学生マンションを過ぎて、戸建て2件分を進みました。
空き地の奧に、若木ですが梅の木が生えている所まで来ました。
すると、親はすーっと木に飛んでみせました。
すぐいっちゃんが木の根本あたりに飛び移りました。
2羽の親は何度も何度も木と柵を行き来してみせましたが、にいちゃんは動きません。
親は激しく鳴きながら行き来を繰り返します。
何十分ねばったでしょうか。
聞いたことがないほど激しく鳴いています。
間もなく日が暮れてしまうのです。
親は必死です。
と、飛べないにいちゃんはポンッと跳び降りてふきの下に走り、やっと静かになりました。
柵の根本にさんちゃんが立っていました。
学生マンションの砂利から段差を利用してやっと柵の根本まで上がってついてきたのです。
親はさんちゃんには無理をさせずに、そこにいさせました。
つまり、こうです。
巣立ち近いヒナをつれて巣を捨て、ヒナが歩きやすい平坦なコンクリートをゆっくり進み(カラスなど肉食動物の目は、速く動く物をよくとらえますから)、ふきが密生しその上に梅の木が生えた所まで移動して、そこを巣の代わりとする。
ヒナが飛べないうちはふきの下、いくらか飛べるようになったら枝に移れます。
しかも、ここなら電線に留まったカラスの死角になります。
きみしぐれは、巣箱をもう一つ用意してやろうかなどとも思っていたのですが、それでは巣立ちの時に丸見えになります。
親鳥の考えはもっと深く、緻密なものでした。
鳥瞰図とはよく言ったものです。
空から見て回って、どこに茂みがあり、エサがあり、敵がいて、巣立った後どこをたどって飛ぶ練習ができてという地形をすっかりのみ込んでいるのでしょう。
その上、一晩めに雨が降らないことも野生の鳥は知っていたのでしょう。
その思考の複雑さとヒナへの思いやりの深さは、人間の浅知恵とは比べものになりません。
この親にとっては、「巣を捨てること=負け」では全くなかったのです。
この親なら、平地でも子育てして巣立たせるんじゃないだろうか!
人間以外にこんなに信頼できる生き物を初めて知りました。
これが、記録を残そうと思ったきっかけでした。
(つづく)