1995年7月 2nd Wednesday
「でさ、結局、自宅警備員ってなに?」
大輔が聞いた。
「自宅を守ってるの」
岡本は面倒そうに答えた。
「何から?」
「何が来るか分かんないだろ。てか、もういいよ、大輔」
「なんか岡本って、宇宙人みたいなこと言うよな」
「脳みそが筋肉のヤツとは違うだけだよ」
「誰が筋肉だよ」
「大輔」
「俺、今は演劇サークルだからな」
「演劇やってたら筋肉じゃないの?」
「そういう意味じゃねえよ」
「お前ら、何の話してんの?」
健太が笑った。
午後の授業を終えた四人は、そのまま学食の隅に居座っていた。
昼食には遅く、夕食にはまだ早い。周囲の席には空きが目立っていた。
「大輔、夏休みもサークルあるの?」
直樹が聞いた。
「あるよ。夏公演」
「お前も出んの?」
「出ないよ。大道具」
「何作るの?」
「今度は階段」
「階段?」
「二階建てのセットにするんだって」
「大輔、それ登っていい?」
「ダメ」
「何でだよ」
「お前、絶対上から跳ぶだろ」
「跳ばねえよ」
「元高跳びを信用するな」
岡本が言った。
「何だよ、それ」
「ことわざ」
「ねえよ」
「今できた」
「やっぱ宇宙人だろ、お前」
「大輔よりは人間だよ」
「どういう意味だよ」
健太が笑った。
「でも大輔、政経取っててトンカチ持つとは思わなかっただろ?」
「まあな。実際、演劇なんてオカンしか見ないし」
「楽しい?」
大輔はニカッと笑った。
「楽しいよ」
「作ったもんが舞台に置かれて、ちゃんと使われてると結構嬉しいぞ」
「へえ」
「役者が壊さなきゃな」
「壊すの?」
「たまにな」
「大輔、怒るの?」
「お前、いいヤツだな」
健太が言った。
「知ってる」
「自分で言うなよ」
直樹が笑った。
「健太、今年の夏もバイト?」
「……お前、何か言い方ムカつくな」
「何でだよ。去年もそうだったじゃん」
「そうだけど」
健太は少し不満そうに答えた。
「俺だって最初は軽音見に行ったんだよ」
「でも入らなかったじゃん」
「無理だったんだよ」
「演奏が?」
「見た目が」
「……見た目?」
「なんか、すごい人たちしかいなかったんだよ」
「どんな?」
「髪とか、服とか」
「それでやめたの?」
「だって俺が入っていっても、絶対バンドのメンバーに見えないだろ」
「じゃあ何に見えるんだよ」
「スタッフ」
一瞬の間があった。
直樹が吹き出した。
「何笑ってんだよ」
「いや、見える」
「俺も思った」
大輔が頷いた。
「大輔まで言うなよ」
「でもスタッフもいいぞ」
「お前はいいんだろ」
「何が?」
「好きで裏方やってんだから」
「健太もやればいいじゃん」
「俺はギター弾きたいんだよ」
「じゃあ弾けば?」
「だから、あそこじゃ無理だって話してんだろ」
「見た目だけで?」
「大事だろ、見た目」
直樹が健太の髪を見た。
「髪伸ばせば?」
「やだよ」
「何で?」
「似合わないから」
「やってみないと分かんないだろ」
「分かるよ」
「じゃあ服だけ変えるとか」
「お前ら、何で俺をあそこに入れたがるんだよ」
「面白そうだから」
「人で遊ぶな」
「じゃあ俺とバンドやる?」
岡本が言った。
健太が岡本を見る。
「お前、楽器できんの?」
「できない」
「じゃあ何やるんだよ」
「プロデューサー」
「絶対嫌だ」
「売れると思うけどな」
「何の根拠があるんだよ」
「俺がいる」
「それが一番不安なんだよ」
大輔が笑った。
「岡本プロデュースの健太、ちょっと見たいけどな」
「お前までやめろよ」
「バンド名は自宅警備員」
直樹が言った。
「嫌だよ!」
「デビュー曲は?」
大輔が岡本に聞いた。
岡本は少し考えた。
「『何が来るか分かんない』」
三人が笑った。
「もういいよ!」
健太は笑いながら立ち上がった。
「俺、帰るわ」
「怒った?」
「怒ってねえよ」
「健太、今日バイトある?」
直樹が聞いた。
「ないけど」
「暇?」
「いや、暇って言えば暇だけど」
「一緒にサークル行こうや」
「何で?」
「いいじゃん」
健太は直樹を見た。
「お前、幽霊部員だから一人で行きにくいんだろ?」
「そんなことないよ。最近は毎週部室に顔出してるし」
「そーなの? 授業終わったら割とすぐにバイト行ってたような……」
「行ってるよ。お前が知らないだけで」
「ふーん」
「何だよ」
「別に」
健太は鞄を肩に掛けた。
「まあ、暇だし、いいけど」
「じゃあ行こうぜ」
「俺らは?」
大輔が聞いた。
「大輔はサークルだろ?」
「まあ、そうだけど」
「岡本は自宅守んなきゃいけないし」
「まだ勤務時間前」
「勤務時間あんの?」
「二十四時間」
「じゃあ早く帰れよ」
「今も遠隔で守ってる」
「やっぱ宇宙人じゃん」
大輔の声を背中に聞きながら、直樹と健太は学食を出た。
*
「こんちわー」
直樹が部室の扉を開けた。
「でさ……」
「ええ、そうですね」
中では由佳が、先輩と話をしていた。
「あ、高瀬くん」
由佳が顔を上げた。
「こんにちは……」
「直樹、何? 急に声ちっさ」
「うるせえな。こっち座れよ」
直樹は由佳たちから少し離れた場所に、折りたたみ椅子を二つ広げた。
「何でこっち?」
「いいから」
健太は不思議そうな顔をしながら座った。
「日程、八月の頭ですよね? 宿の予約、間に合います?」
――え?
直樹は由佳たちの方を見た。
泊まりでどっか行くの?
「OBの知り合いの古いペンションを押さえてる」
「そうなんですね」
「由佳ちゃんの雰囲気に合うと思うよ」
直樹は黙って二人を見た。
由佳は先輩の話を聞きながら、楽しそうに笑っている。
「なあ、直樹」
「何?」
「撮影旅行?」
「……みたいだな」
「お前、知らなかったの?」
「知ってるよ」
「ふーん」
「何だよ」
「別に」
健太はそう言って、部室を見回した。
直樹はもう一度、由佳たちの方を見た。
先輩が何か話す。
由佳が笑う。
その笑顔を見ているだけで、胸の奥が少しざわつく。
何だよ。
何がそんなに楽しいんだよ。
理由は、自分でも分からなかった。