「この前のヨーグルト味のタブレット、意外にアイツ喜んでたな」
由佳はコンビニのお菓子売り場で、棚に並んだ商品を眺めていた。
「すっぱいとか言いながらさ」
先週、家に帰って弟に残りのタブレットを渡した。
いらないと言うかと思ったのに、一粒口に入れて、
「すっぱ」
と顔をしかめながら、もう一粒食べた。
その顔を思い出して、由佳は少し笑った。
棚の隅に、懐かしいガムを見つけた。
「あ、まだあるんだ」
三つのうち、一つだけにすっぱいパウダーが入っている。
子どもの頃、弟とよく食べた。
二人で一つずつ選んで、同時に口に入れる。
どちらもすっぱくなければ、残った一つを半分にする。
「今日はコレにしてやろ」
由佳はガムを一つ手に取った。
それから、少し離れた棚へ移る。
「わたしは……やっぱりコレだよね」
いつものキャラメル味のポップコーンを手に取り、かごに入れた。
コンビニでのこの時間は、由佳にはやっぱり幸せな時間だ。
期間限定。
新発売。
知らない味。
気になったものには、つい手を伸ばしてしまう。
でも結局、いつものものも選んでいる。
「安心感って大事!」
誰に言うでもなく呟いた。
冒険心と安定。
正反対のようだけれど、由佳はその両方がある感覚を嫌いではなかった。
*
「腹減った」
部室のソファーに寝転んだまま、直樹が言った。
由佳は本から顔を上げなかった。
「そう」
「杉本さん、何かない?」
「何かって?」
「食べるもの」
由佳はようやく本から顔を上げた。
「なんで私に聞くの?」
「いつも何か持ってるから」
「わたしを何だと思ってるの?」
「お菓子持ってる人」
「そのままじゃん」
直樹はソファーから身体を起こした。
「今日はポップコーンないの?」
「あるけど、これはわたしの」
「ケチ」
「自分で買ってきなよ」
「面倒くさい」
「知らないよ」
由佳は本に目を戻した。
しばらくして、ソファーから声がした。
「腹減ったなぁ」
「もう、うるさいなぁ」
由佳は笑いながら鞄の中を探った。
「じゃあ、これやる?」
取り出したのは、さっきコンビニで買ったガムだった。
「高瀬くん、これ知ってる?」
「何?」
「三つのうち、一つだけ、ものすごくすっぱいの」
「じゃあ、いらない」
「なんでよ」
「腹減ってるときに、すっぱいもの食いたくないだろ」
「面白いじゃん」
「杉本さんが食えば?」
「じゃあ、一緒にやろうよ」
「俺、腹減ってるって言ってんだけど」
「ガムだって食べ物だよ」
「腹は膨れないだろ」
「細かいなぁ」
由佳は袋を開け、三つのガムを手のひらに乗せた。
「はい。選んで」
「杉本さんから選べよ」
「いいよ」
由佳は一つ取った。
残った二つを直樹に差し出す。
「はい」
直樹はしばらく二つのガムを見比べた。
「見ても分かんないよ」
「分かってる」
「早くして」
「急かすなよ」
「どっちでも同じだって」
「じゃあ、こっち」
直樹が一つ取った。
由佳は残った一つを袋の上に置いた。
「せーので食べるよ」
「なんで、せーのなんだよ」
「ゲームだから」
「はいはい」
「せーの!」
二人は同時にガムを口に入れた。
数回噛む。
由佳は直樹の顔を見た。
直樹も由佳を見ている。
「……どう?」
「別に」
「わたしも」
二人の視線が、残った一つのガムに向いた。
「あれだ」
「だね」
由佳が手を伸ばす。
直樹も同時に手を伸ばした。
「何?」
「いや、食うんだろ?」
「半分ずつだよ」
「なんで?」
「そういうルールだから」
「誰の?」
「うちの」
「知らないよ」
「弟とやるときは、いつもそうだったの」
由佳はガムを半分にした。
片方を直樹に差し出す。
「はい」
直樹は受け取ったガムを見た。
「杉本さんから食べてよ」
「高瀬くん、怖いの?」
「そういうんじゃない」
「じゃあ食べられるよね」
「……食うよ」
「せーの」
「また?」
「せーの!」
二人は同時にガムを口に入れた。
次の瞬間。
「すっぱ!!」
直樹が顔をしかめた。
由佳も口元を押さえる。
「すっぱ!」
「何だよこれ!」
「あはははは!」
「杉本さんもすっぱいんだろ!」
「すっぱい! でも、高瀬くんの顔!」
「笑うなよ!」
由佳は笑いながら、目尻を指で拭った。
「弟も昔、そんな顔してた」
「俺は弟じゃないからな」
「分かってるよ」
由佳はまだ笑っている。
直樹は口の中の酸っぱさに顔をしかめながら、そんな由佳を見た。
「……そんな笑う?」
「だって、すごい顔だったんだもん」
「もう杉本さんには食い物もらわない」
「さっきまで、何かないってうるさかったくせに」
「もう言わない」
「はいはい」
由佳は本を開いた。
直樹はソファーに戻った。
少しして。
「ポップコーン、一個だけくれない?」
由佳は本から顔を上げた。
「もう言わないんじゃなかったの?」
「口の中、まだすっぱい」
「しょうがないなぁ」
由佳は笑いながら、ポップコーンの袋を直樹に差し出した。
直樹は一つ取って、口に入れた。
「……甘い」
「おいしいでしょ?」
「今日はね」
「何それ」
由佳は笑って、自分も一つ口に入れた。
*
「ただいまー」
「おかえり」
由佳は鞄を置いて、リビングのソファーに腰を下ろした。
「あれ?」
「何?」
「今日、なんか買ってきてくれるんじゃなかった?」
「……あっ」
由佳は鞄を見た。
もちろん、もうガムはない。
「買ったよ」
「ないじゃん」
「食べちゃった」
「姉ちゃんが?」
「半分だけ」
「ふーん」