1995年6月 2nd Wednesday

「この前のヨーグルト味のタブレット、意外にアイツ喜んでたな」

由佳はコンビニのお菓子売り場で、棚に並んだ商品を眺めていた。

「すっぱいとか言いながらさ」

先週、家に帰って弟に残りのタブレットを渡した。

いらないと言うかと思ったのに、一粒口に入れて、

「すっぱ」

と顔をしかめながら、もう一粒食べた。

その顔を思い出して、由佳は少し笑った。

棚の隅に、懐かしいガムを見つけた。

「あ、まだあるんだ」

三つのうち、一つだけにすっぱいパウダーが入っている。

子どもの頃、弟とよく食べた。

二人で一つずつ選んで、同時に口に入れる。

どちらもすっぱくなければ、残った一つを半分にする。

「今日はコレにしてやろ」

由佳はガムを一つ手に取った。

それから、少し離れた棚へ移る。

「わたしは……やっぱりコレだよね」

いつものキャラメル味のポップコーンを手に取り、かごに入れた。

コンビニでのこの時間は、由佳にはやっぱり幸せな時間だ。

期間限定。

新発売。

知らない味。

気になったものには、つい手を伸ばしてしまう。

でも結局、いつものものも選んでいる。

「安心感って大事!」

誰に言うでもなく呟いた。

冒険心と安定。

正反対のようだけれど、由佳はその両方がある感覚を嫌いではなかった。



「腹減った」

部室のソファーに寝転んだまま、直樹が言った。

由佳は本から顔を上げなかった。

「そう」

「杉本さん、何かない?」

「何かって?」

「食べるもの」

由佳はようやく本から顔を上げた。

「なんで私に聞くの?」

「いつも何か持ってるから」

「わたしを何だと思ってるの?」


「お菓子持ってる人」

「そのままじゃん」

直樹はソファーから身体を起こした。

「今日はポップコーンないの?」

「あるけど、これはわたしの」


「ケチ」

「自分で買ってきなよ」

「面倒くさい」

「知らないよ」

由佳は本に目を戻した。

しばらくして、ソファーから声がした。

「腹減ったなぁ」

「もう、うるさいなぁ」

由佳は笑いながら鞄の中を探った。

「じゃあ、これやる?」

取り出したのは、さっきコンビニで買ったガムだった。

「高瀬くん、これ知ってる?」

「何?」

「三つのうち、一つだけ、ものすごくすっぱいの」

「じゃあ、いらない」

「なんでよ」

「腹減ってるときに、すっぱいもの食いたくないだろ」

「面白いじゃん」

「杉本さんが食えば?」

「じゃあ、一緒にやろうよ」

「俺、腹減ってるって言ってんだけど」

「ガムだって食べ物だよ」

「腹は膨れないだろ」

「細かいなぁ」

由佳は袋を開け、三つのガムを手のひらに乗せた。

「はい。選んで」

「杉本さんから選べよ」

「いいよ」

由佳は一つ取った。

残った二つを直樹に差し出す。

「はい」

直樹はしばらく二つのガムを見比べた。

「見ても分かんないよ」

「分かってる」

「早くして」

「急かすなよ」

「どっちでも同じだって」

「じゃあ、こっち」

直樹が一つ取った。

由佳は残った一つを袋の上に置いた。

「せーので食べるよ」

「なんで、せーのなんだよ」

「ゲームだから」

「はいはい」

「せーの!」

二人は同時にガムを口に入れた。

数回噛む。

由佳は直樹の顔を見た。

直樹も由佳を見ている。

「……どう?」

「別に」

「わたしも」


二人の視線が、残った一つのガムに向いた。

「あれだ」

「だね」

由佳が手を伸ばす。

直樹も同時に手を伸ばした。

「何?」

「いや、食うんだろ?」

「半分ずつだよ」

「なんで?」

「そういうルールだから」

「誰の?」

「うちの」

「知らないよ」

「弟とやるときは、いつもそうだったの」

由佳はガムを半分にした。

片方を直樹に差し出す。

「はい」

直樹は受け取ったガムを見た。

「杉本さんから食べてよ」

「高瀬くん、怖いの?」

「そういうんじゃない」

「じゃあ食べられるよね」

「……食うよ」

「せーの」

「また?」

「せーの!」

二人は同時にガムを口に入れた。

次の瞬間。

「すっぱ!!」

直樹が顔をしかめた。

由佳も口元を押さえる。

「すっぱ!」

「何だよこれ!」

「あはははは!」

「杉本さんもすっぱいんだろ!」

「すっぱい! でも、高瀬くんの顔!」

「笑うなよ!」

由佳は笑いながら、目尻を指で拭った。

「弟も昔、そんな顔してた」

「俺は弟じゃないからな」

「分かってるよ」

由佳はまだ笑っている。

直樹は口の中の酸っぱさに顔をしかめながら、そんな由佳を見た。

「……そんな笑う?」

「だって、すごい顔だったんだもん」

「もう杉本さんには食い物もらわない」

「さっきまで、何かないってうるさかったくせに」

「もう言わない」

「はいはい」

由佳は本を開いた。

直樹はソファーに戻った。

少しして。

「ポップコーン、一個だけくれない?」

由佳は本から顔を上げた。

「もう言わないんじゃなかったの?」

「口の中、まだすっぱい」

「しょうがないなぁ」

由佳は笑いながら、ポップコーンの袋を直樹に差し出した。

直樹は一つ取って、口に入れた。

「……甘い」

「おいしいでしょ?」

「今日はね」

「何それ」

由佳は笑って、自分も一つ口に入れた。



「ただいまー」

「おかえり」

由佳は鞄を置いて、リビングのソファーに腰を下ろした。

「あれ?」

「何?」

「今日、なんか買ってきてくれるんじゃなかった?」

「……あっ」

由佳は鞄を見た。

もちろん、もうガムはない。

「買ったよ」

「ないじゃん」

「食べちゃった」

「姉ちゃんが?」

「半分だけ」

「ふーん」