お義父さんが亡くなってしまった…… | 【子宮頸がん1b2期】から経過観察になった私の記録✎*。がんサバイバーだって楽しく生きられる。:*

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35歳でまさかの子宮頸がん。入院のこと、放射線治療のこと、抗がん剤治療のこと、脱毛のこと、副作用のこと、家族のこと…。そして経過観察中の今。当時の日記を読み返しながら、振り返ろうと思います。誰かのお役に立てれば幸いです。

インスタも日々更新中☆d(´∀`*)


昨日、母の日のプレゼントと

前立腺がんで闘病中のお義父さんへ

果物やゼリーを持って出かけた相方





お見舞いは出来ないので

お義母さんに託し、早々に帰ってきました



お昼ご飯を食べ、ゆっくりテレビを見ていると

お義母さんから電話がありました


テレビ電話でした


義母 「もしもしー!お父さん見えるー?」


相方  「見えるよ……」


義母 「今ねぇ、こういう状態よー」


相方 「うん、うん……」


言葉を失っているようでした……


しばらく

同じような会話を交わしていたと思います



相方 「こっち来て……一緒に……」


不安そうな顔をして

キッチンで片付けをする私を呼んでいました


私 「こんにちは~!」


と、スマホの画面の中のお義父さんを見て

愕然としました……


とても呼吸は荒く

酸素マスクを付けていました


意識は朦朧としているようで

頭を左右に振っていました……


抗がん剤の副作用で髪も眉もまつ毛も

ありません……


治療中の私と同じでした……



もともとスリムなお義父さんでしたが

とても痩せてしまっていました……


最後にお会いした時のお義父さんの

面影はどこにもありませんでした……


とても苦しそうで辛そうで……


必死に酸素マスクを取ろうとしているようで

お義母さんや看護師さんに

止められていました……



胸が苦しくなりました……


頑張って……とは言えませんでした……


こちらの呼び掛けが聞こえていたのかは

わかりません……





相方 「いいよ、いいよ……苦しそうだから……」

「もぅ、ゆっくりさせてあげて……」

「電話なんかいいから、ゆっくり……」

「切るからね……」


そう言って電話を切りました




最後に投与した抗がん剤の影響で

肝臓の数値が上がっていて

自分で排泄できず、カテーテルを入れている

痛みが辛く、強い痛み止めを使い

ほとんど寝ているんだと聞きました……



先週の時点では、放射線治療が終わったら

寝たきりで落ちてしまった体力を戻すための

リハビリをして退院だって言ってたのに……


とてもじゃないけど

退院出来るようには見えない……






そして今日も変わらず仕事へ出かけた相方






昼頃、相方から着信……


ヒヤッとしました……


仕事中に電話をかけてくることなんてないので

そういう事なんだろう……と



相方「もしもし、お父さんが亡くなった……」

「いま実家に向かってる。また着いたら電話する」



つい最近知った義父の癌

コロナのせいでお見舞いも出来ない


その前からコロナだからと

皆で集まることは控えていたし


ぜんぜん出会えてなかった……


やっと会えるのに……

こんな形の再会になるなんて……



電話の向こうの相方の声は震えていました


大丈夫だろうか……