真っ暗な家。
警察官たちが外したままの開き戸が3枚立て掛けてある息子の部屋。
ベッドの上を見て、またこみ上げてくるものがあった。
昨夜はここにいたのに。
友達とラインのグループ通話をして大きな声で笑っていたのに。
もう二度とあの声を聞くことは出来ないなんて…
今朝彼が首を吊っていた風呂場の前の作り付けの棚の下に立つ。
今朝の光景が鮮明に蘇る。
冷たくなった体、乾いた舌、床についていた爪先…
コップに水を汲んでその真下に置く。
線香立ても持ってきて、そこで3本程の線香に火をつけた。
静かに手を合わせる。
涙がポロポロとこぼれ落ちてくる。
止め方がわからない。
憔悴しきった母は静かに自室へと入っていき眠りについたようだった。
私はと言えば、体は疲れているはずなのに全く眠れなくて、少しだけウトウトしてるともう朝を迎えていた。
身支度を整えて葬儀社へと向かった。
一晩ここで一人でいたんだね…
息子の眠っている姿を見て、心の中で何度も詫びた。
頬に触れてみる。
一晩中付けっぱなしの冷房と、胸元に置かれてある保冷剤のお陰で、彼はすっかり人間の体温というものを失っていた。
人は死んでも聴覚だけは最後まで生きていると何かで聞いたことがある。
彼の耳に声を掛ける。
「ママだよ。寂しかった?今日はね、お前のお友達が会いに来てくれるんだよ」
彼の頬に私の涙がポトポト落ちる。
夕方、妹分が仕事を早めに切り上げて駆けつけてくれた。
この時に納棺の儀を行った。
彼の体は棺桶の中に納められ、なんだか隔たりが出来た気がした。
ホールへと移動。
遺影は担任の先生が持ってきてくれた学生服を着たものにした。
ホールの入り口には【○○家】と書かれたものが飾られており、息子の写真がモニターに映し出されていた。
18時頃、階段が騒がしくなった。
すすり泣く声も聞こえてきた。
クラスメイトたちが来たことを察した。
女の子たちは皆目を真っ赤に腫らし、ハンカチで何度も何度も涙を拭っていた。
私は一人一人に「ありがとう。顔見てあげてね」と声を掛けた。
息子の通っていた中学校は小学校のメンバーのまま。
生徒数は息子を入れて僅か23人しかいなかった。
なので約9年間を共に過ごした、いわば兄弟のような関係性だった。
都会のようなイジメも無ければ、派閥などもなく、みんなが仲良しだった。
受験を控えた彼らに、一昨日まで一緒に授業を受けていた息子の姿を見せるのはどうかと思ったが、みんなの意思を尊重することにした。
男子生徒は棺桶の中の息子を見て静かに泣いていた。
女子生徒は恐る恐る棺桶に近付いたかと思いきや、声を上げて抱き合って泣いていた。
私は一人一人に頭を下げて「ありがとう。ありがとう」と言うことしか出来なかった。