久しぶりにここへ来れました。
一昨日の18日、息子の一年忌を済ませてきました。
彼の死亡推定時刻は夜中の3時半頃と検案書に記載されてあります。
17日の夕方頃から「あぁ…去年の今頃は…」と、時計を見る度に亡き息子の事を考えていました。
早く寝ないと…と睡眠薬と安定剤を服用したにも関わらず、彼が亡くなった時刻まで眠れず、何度も何度も線香をあげに行っては泣いていました。
会いたい。
ひと目でいいから会って、今の彼の表情が見たい。
後悔していないの?
寂しくないの?
ねぇ、たくさん話したい事があるのよ。
お前が一番仲が良かったA君とB君。
A君は近所のコンビニでバイト始めたんだよ。
B君は彼女が出来たけどすぐに別れちゃったんだって。
中学の時と変わらないね(笑)
だけどみんなお前のことずっと変わらず想ってくれてるんだよ。
ありがたいね。
初盆にも来てくれたし、何もない日でも、お前と話したいってお線香あげに来てくれてるんだよ。
先月、私は息子の遺骨を宮古島
へ散骨してきました。
もちろん全骨ではありませんが。
骨壷は小さくなってしまったけれど、一生手元供養をしたくて分骨したのです。
コバルトブルーの海へ散骨し終えた時、私の心に迷いや後悔の念はありませんでした。
砕骨した残りの遺骨をペンダントに入れて肌見放さず身につけておこう…と、その旨を彼の友人たちに話したら6人の子たちが「僕も欲しいです!」と言ってくれました。
ペンダントには息子の名前と命日を刻んでいただきました。
一人っ子の私。
一人っ子の息子。
納骨堂を持ったところで墓守をしてくれる者はいません。
なので散骨することを決めたのです。
一年忌で喪が明けると言います。
ママはまだ心が回復してません。
多分一生治らないと思います。
だけどね、生きていくから。
実は一度だけ彼と同じ場所で、同じ方法で全てを終わらせようとしてしまいました。
首に巻いた紐はちぎれて少しの間だけ気を失っていました。
意識が戻ったと同時に子供のように声をあげて泣いてしまいました。
死にたかったのか?
わからない。
ただ息子のいない今を生きている事が辛すぎたのだと思います。
翌日かかりつけの病院へ行きました。
首には赤い未遂の痕。
先生が「お母さん、よく来てくれましまね。きっと息子さんが助けてくれたんですよ」と優しく言ってくださいました。
ママは強い人だと思ってたでしょう?
ママもそうだと思ってたんだ。
だけどそれはお前を守る為に、いつからか【強がりの鎧】を着て生きるようになっていただけだと思う。
もうママには守るべき者がいなくなったから、この鎧を脱いで気楽に生きていこうと思う。
15年、お前にとってどんな人生だった?
ママはお前がいなくなってから改めて知ったよ。
お前の優しさ、どれだけの人から愛されていたかを。
ママを選んでくれてありがとう。
