昨日、たつろーと接近しますた。

なんと、ワタシの隣に座ったのだ。

しかし、隣に座ると近すぎてかえって観察しにくく、カバンから手帳を取り出したところしか確認できなかった。

あの手帳の中身をちらっと覗いてみたいのだが、あいにく黒い表紙しか見えず。

白いスプリングコートが黒ずんできていたのが、ちょっぴり悲しげなたつろーでした。



この時期、通勤時の電車が混む。新入生や新入社員がいるからだが、ワタシも何年か前は高校生だったりした。一年生の一学期の間くらいは、満員の快速電車で鞄の取っ手がちぎれそうにるのをかばいつつ通学したものだ。(その後、普通電車なら学校到着は遅いが楽々座って行けることに気付く。)ワタシが進学したのは大阪市内にあるとある女子校だった。そもそも女子校なんてワタシの眼中には無かったのだが、中三の進路の懇談で数度に渡り母親と闘い、最後にワタシがしぶしぶ折れ、そこを受験することになったのだ。しかも専願で。自分の志望でないばかりか、断固拒否していた「女子校」に通う羽目になり、ワタシは入る前から三年後の卒業式を心待ちにするようになった。嫌々入った学校でもどこかに救いがあればいいのだが、生憎担任の女性教師とそりが合わなかった。彼女は最初の保護者懇談の際、新入生の中でワタシの入試の成績が二番であったことを母に告げ、「お嬢さんにはとても期待しているんです」と言ったらしいが、ワタシには彼女の押しの強い性格が甚だ合わなかった。担任の期待が結果的には逆効果となり、五月くらいになると、ワタシと担任とは心理
的に決別していた。その上クラスのメンバーに本当は馴染めなかったくせに自分を殺して過ごしたため、えらい便秘になったり、口の中や足にヘンなデキモノガができてなかなか治らなかったりした。しかし二年生になってクラスも担任も変わった途端、身体の不調は無くなり、デキモノも消えてしまった。たいしたストレスだったようである。一年間ガマンしたおかげかどうかわからないが、二年と三年は割と楽しく過ごせた。それでも卒業式が待ち遠しかったことには変わりなく、うちの高校の短大には目もくれず、共学の大学へトットとずらかった次第。
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桜がそろそろ見頃を迎えそうな今朝の京都。
先日母が有馬温泉に一泊旅行し、お土産に炭酸せんべいを買ってきてくれたのだが、ワタシは久しぶりに食べた炭酸せんべいのうまいことにビックリした。子供の時分は、大して味のない貧相な菓子と思っていたのだが、大人になってもしや嗜好が枯れ気味になってきたのか、あの油脂分のないサクサクパリパリした食感が、とてもうまいと感じる。母が泊まった宿がかなりよろしかったと聞き、二週間後、ワタシも有馬温泉に一泊してきた。宿の料理は大変おいしくて、また来たいとすぐさま思ったのだが、さらに有馬の魅力的なところは、宿の周囲に、炭酸せんべいを作る会社がいくつもあることだ。せっかくだから、母からの土産の店のを除いて3社のを買って帰り、有馬から家に戻るとすぐに食べ比べてみた。母からもらったぶんがまだあるので、4社の比較である。普通の炭酸せんべいとクリームをはさんだ炭酸せんべいがあるが、全てを試食した結果を総合すると、「三ツ森」という、有馬最大手のメーカーが一番うまかった。三ツ森のはクリームがしっかりしていて、そのくせしつこくなかった。よそのは食べた後に若干後味が悪く残った。プレーンな炭酸せんべいも、三ツ森
のが生地があっさり上品でおいしくいただけた。流石は有馬に何店舗も出す店である。納得だ。しかし今回買い求めなかったメーカーのものがあるので、近いうちにまた有馬に出向かわねばなるまいて。炭酸せんべい全メーカーを食う!
たつろーのことを気にかけている方もおられるようです。ワタシも気にしているのだが、やはりたつろーは相変わらず電車では座席に座れず、やや悲しげな様子で吊革を握っている日々。未だにワタシとたつろーの間には何ら発展が無く、彼女が何者か全くわからない状態が続いているので、ここはひとつ、現状打破したいところだし、何か軽いアクシデントでも起こって、たつろーと言葉を交わせたりできないもんだろうか。ワタシはたつろーの声すら聞いたことが無いのである。想像では、たつろーは意外に低い声、声量は控えめではあるものの、芯の通ったオンナをそこはかとなく感じさせる声なのである。いや、しかし、もしかしたら見た目通りの、心許ない声かもしれない。何せたつろーは達郎に似ているが、達郎から元気をひと匙掬い取ったような、少々エネルギーの不足を感じるお顔であるのだ。要するに「疲れた顔」なんである。いつも大きな荷物を抱えて疲れた顔。ああ、彼女はどういう人なんだろう。
今日はひとつ遅い電車だったため、たつろーと接触することは叶わなかったし、明日は仕事を休むのでまたたつろーと会えない。しかしワタシはいつか必ずたつろーと言葉を交わす。
このひと月近く、職場以外ではパソコンをいじっておりません。携帯から細々と更新をいたすのみであります。なので、コメントをつけていただきますれば後日返事をばさせていただきます故、よろしくお願い申し上げ候。
いつのまにか、ウオノメができていた。「ウオノメの芽」らしきものは去年か一昨年だかからあったのだが、最近になって歩き方に妙な癖でも生じたのか、その名のとおり魚の目みたいなカタチの角質に育ってしまい、見た目に非常に気色が悪い。見た目が気色悪いだけならば、普段目につかない足の裏のことだし忘れていられようが、すくすくと大きく育ったため歩く度イタく、始終気になる。爪切りを使って自分でえぐり出して取り去ったという武勇伝を持つ人がいて、彼女が言う「お風呂上がりの足が柔らかい時に、徐々に穴を広げていくんですよ」なんていう芸当は、ワタシには無理である。そういう彼女もそれをやったのは小学生の頃だったらしく、もともとまだ柔らかい子供の足をエグルのと、固くなってしまった大人の足では、エグったとき神経に与える衝撃が段違いだろうと思われやしないか。そこで賢明なワタシは薬局でウオノメ取りの貼り薬を買い求めた。十回分入って470円ほどで、一箱使い切る頃には治っているというもののようだ。それなら安くつく。その日の風呂上がりに、早速使ってみた。
仕事が押して帰りが遅れたので、慌ただしく会社を出た。バタバタ歩いて駅まで辿り着きー、電車の席に座ってカバンを膝に載せたところで、右手が汚れていることに気がついた。人差し指と中指の先が黒ずんでいる。仕事でスティック糊を使っていたから、それが付いてしまっていたのだ。指を汚したままで電車に乗っているのは、なんだか子供じみていて恥ずかしさを感じる。なるべく指先が他の人から見えないように手を軽く組んだりしながら、暗くなってきている景色を見ていた。本当は車内読書用の本がカバンに入ってるが、本の出し入れやページを捲るときに指のヨゴレが目立ちそうで、止めておいたのだ。ワタシの指先なんて目にとめる人は、おそらくいないだろうけども、万が一、たまたま見られてしまうかも知れないではないか。そして「大人のくせに汚らしい指の人だな」と思われるかも知れないではないか。「そういえばなんとなく全体的に汚い感じがするわね、この人。きっと生活困ってるのね、かわいそうだわ。ああかわいそうに」なんてふうにまで思われる可能性も、無いとは言えない。だから、大人になったら、手はきれいにしておかないといけないのである

厳重注意 : 「麺は、最後まですすり通すべし」


麺を口に含んだら、つるつるつるっとすする。

口に含んだ麺は、全て面の最後尾まですすりきってしまわねばならない。

すする途中で麺をぶった切り、唾液のついた麺を汁に再び落下せしめるとは、言語道断。

己が口に収まりきらぬ量の麺を箸にとるとは、責任感の無きこと甚だしく、

「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」のごとく、「食うなら切るな、切るなら食うな」と言わざるをえず。

麺の束を咥えたものの全てをすすりきれず、歯でぶった切ってしまうさまは、

物を食しているにもかかわらず、逆に汚物を吐き出しているかのような有様である。

諸氏が麺を食すさいには、かような事柄に心して麺を箸に手繰り寄せるよう、申し上げる。


※ただし、スパゲティはこの旨にあらず。

さっき、テレビで「おひとりさま」について話していた。

http://ohitorisama.net/ohitorisama/index.jsp

↑ここでおひとりさまについては知ることができるだろう。

ワタシが思うに、そもそも社会人になったら一人で外食くらいできるものだ。


オンナのワタシが感じる、オンナの悪しき特長のひとつが、

「友達なんだから、みんなで、ね♪」みたいな、『おかあさんといっしょ』ならぬ『おともだちといっしょ』感覚なのである。

食事に限ったことではない。さまざまなパターンでこれが適用される。

コマッタコトダネ。

小学生くらいの子どもが言うならすんなり理解できるが、オトナでそれはどうなの。

いい大人が小学生女子のノリでいられても、困るのである。


あえて言うなら、「おひとりさま」なんていう登録商標申請中の呼称すら、ワタシには胡散臭く感じてしまうのだが。