くまが凄く恐かった

 

きっかけは、5年ぐらい前か?もっと前か?

ヤフーニュースか何かでクマの記事が出ていて

そこに「大正時代の三毛別熊事件」の事が書かれていて

「なんのこっちゃ?」と思って、Wikipediaで調べてみたのが始まり星

 

このWikipediaがビックリするほどの名作らしくドクロ

そこらの小説よりもよっぽど怖いチーン

 

怖すぎて途中で読むのを止めれなくて滝汗

最後まで読んてしまうという愚行に出てしまった・・・笑い泣き

 

自分は尋常ではない怖がりで

小さな頃から夜が恐いし、子供会の肝試しなんて何が楽しいのかさっぱりわからないぐらい恐怖すぎて心臓が破裂しそうなほどの恐怖だったネガティブ

 

例えば「金田一少年の事件簿」のドラマ・・

最初のシーンで、山の中を殺人鬼らしきものが走っているシーン

これだけで気絶しそうなぐらい恐くて見れなかったえーんw

 

こんな自分が見てしまったWikipediaの熊事件

それはそれは恐かった泣くうさぎ

 

仕事から帰って来た主人に話したら

「見てしまったんだね・・・」と名作をご存知の様で

自分の見てはいけないモノだったらしい

 

で、それ以来、クマが恐い泣くうさぎ

尋常でなく恐いゲッソリ

 

ニュースで見てもそれはそれは恐い

ヒグマが恐いから北海道には絶対に行くまい!と思っているし(本当は素敵な北海道に一度は行ってみたい、美味しいものを食べてみたい)

本州にはクマは居ないとばかり思っていたら

「居る」と聞いた時は気絶しそうに・・・チーン

 

そんな自分なのだけど

なんか少しクマが恐く無くなってきたのだ

 

いや、恐いと言えば恐い

それは普通の人より大分怖いぐらい

 

でも、これは自分にとっては凄く軽くなったのだびっくりマーク

 

クマの被害に遭われている地域は本当に

地域の安全が確保されることを祈っています

皆さんが安心して生活できるように願っています

 

だけど、今まで程の

自分が生きながら食われ、痛み苦しみ恐怖でって

そんな恐怖の想像が少し軽くなった・・・

 

カウンセリングでも何度も「クマ」の話題が出ていたのだけど

クマは自分が世界に投影している「恐怖」なのだろう

「親」かもしれないし、「自分」の厳しさかもしれない

 

それが少し緩んできて

もう少し世界が優しく感じられてきて花

 

「親」も、もうどうでもいいやと思え

「自分」も自分に思いやりを少しずつ持てるようになってきた

 

だから”クマ=恐怖”が少し軽くなったのではないかと・・・

 

やっぱり怖がりは恐がりだし

何よりもクマと隣接した地域の皆さんの安全は常に心配している

誰よりも恐怖が分かる自分だから

 

だけど、自分の心の中の「恐怖」(=本物のクマでは無い)が

少し和らいだ

 

そう思った最近でしたニコニコ