信州旅の三日目。
夜の間にうっすらと積雪があった渋温泉の宿。
相談して、私たちは、一緒に小布施へ向かうことにしました。何度も訪ねている大好きな街です。
夫は当初、前日と同じく、志賀高原のゲレンデに滑りにいく計画だったのですけど、ちょっと気が変わりまして、私と行動を共にすることにしてくれました。
そうとなったら私は着物に着替えましょう。
小布施は着物姿が似合いそうなしっとりした風情漂う街です。
シンプルだけどバラエティーに富んだ調理法で、信州の食材の美味しさを存分に引き出したおかずが並ぶ朝食のテーブル。宿の女将さんの実家でとれたお米のご飯も素晴らしく、この日も朝から満腹です。
この食欲、お互いこわいね。お正月過ぎたら一緒にダイエットしましょうか?
小布施は北信濃で人気の観光地、栗と北斎の美術館が有名です。
幕末、代々酒造業で財をなした豪商の家の高井鴻山なる人が、京や江戸に遊学した際、葛飾北斎と出会って、小布施に招き保護したご縁で都との交流が生まれ、この地に豊かな文化が花開きました。
小布施は栗の生産高が全国有数という訳ではないらしいですが、古くから、気候土壌が美味しい栗を育てるのにふさわしく、その実を加工する老舗のお菓子屋さんが何軒もあることから栄え、今も栗目当ての観光客が多く訪れます。
お正月のおせち料理用の栗きんとんを見つけました。本日は、各地でお正月の仕度の買い物をする魂胆なのです。
そして、ドメーヌソガ・小布施ワイナリーという蔵が夫のいちばんのお目当てです。
リンゴ畑とブドウ畑の中の集落に隠れるようにある、このワイナリーのショップは、おとぎ話の中みたいなロマンチックな雰囲気が素晴らしいのですが、店内は撮影禁止。
大型バスの観光客も受け入れないし、何種類もあるワインはどのお客さんにも1種類1本ずつしか売りません。
廉価な価格帯のものも美味しく作られているのをよく知っていますので、安心して選べます。
旅の前に、インスタグラムで小布施のタグがついている記事を検索していたら、美味しそうなパンが人気の店を見つけました。
「岩崎」という店です。
気になる店構えのパン屋さんの前を車で通りかかり、ぴんと来たので入ってみました。
こちらの「チェルシーバンズ」というナッツやドライフルーツがふんだんに入ったパンをめぐる物語が「世界一のパン」という絵本に描かれているのだそうです。
棚のチェルシーバンズを手に取ったら、まだホカホカ温かく、ほっこりやわらかい。そして、いいにおいがします。
この店のマダムが、本を広げて、詳しく教えてくださいました。
「私の父は東京で医師をしていたのですが、この小布施の療養所長として赴任してきたのです。
両親は小布施がとても気に入ってしまい、親類ができれば縁が繋がるだろうといって、まだ18歳だった私を主人と結婚させたの。」
といって、文金高島田に角隠し姿の可憐な花嫁さんの写真を見せてくださいました。
結婚したお相手のパン職人、岩崎小弥太さんは、当時日本で流行して人々を苦しめていた結核の治療のために、カナダから小布施へ派遣されてきた医療チームのナースから、故郷の味、チェルシーバンズのレシピを習ったのだそうです。
そして、60年もの間作り続け、4年ほど前に他界されました。今は、息子さんがその味を守っておられます。
私が来たかったのは、「おぶせミュージアム中島千波館」です。
日本画家中島千波氏を知ったのは、15年ほど前でしょうか?NHK教育テレビの趣味の講座の番組で、植物の素描を教える講師をなさっていた時です。
身の回りのありふれた花々の姿を克明にスケッチする画風に魅せられ、私もそのスタイルを学んだ絵を描き始めました。
そして、中島千波氏の作品は、NHKの「きょうの料理」のテキストの表紙絵として長きにわたって使われていたので、見慣れたものだったのです。
やはり日本画家であったお父様と共に、戦争中、小布施に疎開して来てこの地で育った縁で、ここに美術館が建てられました。
私は、以前ひとりで来たことがあります。
久しぶりに大好きな絵と再会出来て嬉しかったです。
小布施の町歩きの途中、栗のモンブランをいただきながら休憩するのは欠かせません。
だけど私はやらかしています。2日間で3つ目のケーキです。
ケーキは普段あまり食べない夫が、最近スイーツも付き合ってくれるようになりました。とっても美味しかったようです。
ここからは、高速道路を使って太平洋側に南下することにしました。
走っている辺りには降雪はありませんが、周囲の山々は雪雲に覆われて煙っています。
その時視界に突然現れたのが富士山です。
甲府でハイウェイを降りて、くねくねした山道で峠越えしている最中も、富士山はどんどん近くなり、圧倒的な存在感で世界を支配し始めました。
なんて心を奪われる姿なのでしょうか?
もはや周囲の他の山はただの山になりました。
紺碧の空にそびえる白い峰は、夫曰く、
「この姿を見て育つ若者は志高くおおらかな心を持つに違いない。」
と思わせる気高さに溢れています。
ずっと富士山に見守られながら走り、富士宮へ。遅めのランチはここの名物B級グルメ、「富士宮焼きそば」です。
先に味わってから、浅間神社にお参りに。
鳥居の前で、近くにいた観光案内のおじさんが、ツーショット写真を撮ってくれました。
景色と人物の露出の違いを気にしておられましたが、いいんです。私たちの顔なんて暗くても。
Googleの道案内が、なぜか山越えを案内してくれたので、不思議な寄り道をしましたが、その先は海沿いをドライブして、海産物の加工品などお買い物。
振り返る度にやっぱりでっかい背後の富士山は、夕映えに照らされて薔薇色に輝いています。
さてこれで、旅の道連れだった富士山ともお別れ。
清水港の海越しに眺める富士山の姿です。
いい旅だった。
富士山ありがとう。