蛍が見たいなぁ。
毎年私は蛍を恋しがっているのですが、あっという間に時期を逃してしまい、なかなか見に行くチャンスがありません。
同級生のせっちゃんと、
「6月は、SAGABISMの活動で、醒ヶ井の梅花藻をスケッチして、そのあと蛍を見に行きたいね。」
と話していたのです。
JRの時刻を調べたりしていたのだけど、6月は美大の同窓会あり、アートギャラリーカレントでの「Junebright展」ありで忙しく、今年は無理かな?って諦めていました。
なぜ醒ヶ井?というと、せっちゃんと同じ洋画科の同級生で、画家でデザイナーのK君が、滋賀県米原の醒ヶ井を拠点に活動しているから。
昨年夏に仲間同士で(私は行かれなかったのだけど)、この素敵な街道筋の宿場町に彼のアトリエを訪ねてその風情に魅了され、今度はぜひ蛍を見に、と約束していたそうなのです。
みんなと一緒に、というのはかなわなかったけれど、夫が週末蛍を見にドライブしてくれることになったとき、醒ヶ井には蛍の名所があるらしいと話したのです。
中仙道の宿場町醒ヶ井は、何度か訪れている好きな町ですし、行ってみようということになりました。
滋賀県大津で高速道路をおりて、琵琶湖沿いの湾岸道路をドライブです。
稲は少し丈が伸びて青々と。
麦畑は焦げ茶色の実りの季節。
鳥たちはのんびりと田に脚を浸して。
湖畔にはキャンプのテントが並び、光る湖面にはウィンドサーフィンの帆が走り、あたりは遊んでいる人だらけ。
やっぱり滋賀県はいいなぁと毎度思います。
信号のないはずの湖のほとりの道が渋滞しています。どうしたのかな?
カーナビには、マイアミ浜オートキャンプ場の文字。
U.S.A.のマイアミビーチと何かゆかりが?
アイリスパークっていうのもあるんだね。
このあたりの地名は菖蒲っていうんだね。
バス停の名前はあやめ浜。
杜若神社っていうのもあるね。
ただでさえ、あやめか菖蒲か杜若(かきつばた)の花の見分けがつかないっていうのに、地名まで混同してたらますますちんぷんかんぷんやわ…と考えていたら、道の横に鮮やかな紫色のお花畑が!
えっ?えっ?
と目を疑うほどの広大なあやめの?菖蒲の?杜若の?アイリスの花畑が満開です。
そうか!これで、渋滞してたのかな?
入ってみましょう。
鑑賞用の花菖蒲の品種改良は、戦国時代から江戸時代にかけて人気があり、その種類は2000種とも5000種とも言われています。
ひとつひとつに江戸好みの粋で雅な名前がつけられていることは、万博記念公園の日本庭園の中の菖蒲園に、八つ橋が組んであり、その周辺のさまざまな花菖蒲の株に添えられた標識を読んで知りました。
もっとも、花期とはずれていたので、どのような花がその名なのかはわからなかったのだけど。
この度の菖蒲園は、どれもこれもが花盛りですが、名前の表示はないのが残念です。
それにしても、なんという美しさ。絵にもかけないとはこのことだ。
素敵な寄り道だったね。
醒ヶ井に着いたけど、まずは腹拵えをしておきましょう。
駅前の信号を渡って少し歩き出したところに、夫が小さな食堂を見つけました。
「かなやキッチン」。
店の前のお品書きをチェック。
醒ヶ井には養鱒場があり、鱒が名物らしい。この店は鱒寿司が食べられるみたいよ。
入ろう入ろう。
「ふたり、食事出来ますか?」
店の中の女性がちょっと困った顔。
「鱒寿司がもうあんまりなくて。」
あら。
夫は鱒フライカレーにすることにしました。
小さな町に飲食店があまりないことは知っていましたので、このチャンスを逃したら、私たち食いはぐれるかも?というオソレ。
小さな駅前食堂にあんまり期待せずに入ったのだけど、なんだかこの店、ずいぶんと親近感感じるじゃないですか?
天井近くにディスプレイしてあるレコードジャケットが。
夫と、シゲシゲ見つめ、コレクターは我々と同世代だと確認。
スティービー・ワンダーだ、ミッシェル・ポルナレフだ、スティーブ・マックィーンのポスターも貼ってある。こっちはフリオ・イグレシアスだ。
なんだかゾワゾワ鳥肌立ってきた。
もしや?
壁をキョロキョロ見る。
そうしたら、なんだか聞いたことがあるようなデザイン事務所の名前が…。
「もしかして、この店はこのデザイン事務所と関係が?私、同級生かもしれない」
「嵯峨美ですか?」
やっぱり!
K君、デザイン事務所だけでなくて、飲食店もしていたなんて知らなかった。
「私も嵯峨美です。」
えーっ!
カウンターの中の女性は、同窓生ですけどずいぶん年下です。彼女はK君のデザインのお仕事の20年来のパートナー。
昔からお料理が好きで、二足のわらじを履いているそうです。
お話弾みました~。
大好きな湖北の町、長浜のまちおこしに携わっておられたと聞いて、嬉しくて声がうわずってしまう。
彼女がこしらえてくださったお弁当がこちら。
炙りの鱒寿司にはマヨネーズと山椒の粉が、いい塩梅。
蕎麦も旨し。
夫が頼んだ鱒フライカレーの鱒フライも、ふわふわに揚がっていて、絶品。
甘露煮の鮎、蜆の佃煮。ふたりで平らげながら、お酒が飲めないことを呪う。
今度は電車乗って来ます。
吉本47シュフランというグルメコンテストで堂々認定されたというご当地スイーツ、この店のオリジナルの豆乳チーズケーキです。
これも、素晴らしい。
あいにくK君は不在でした。
今度来たときは会えるかな?
日暮れまでに、梅花藻を見に行こうよ。
あ、咲いてるね~。小さな白い花が満開です。
この川が清流である証。
日中、暑かったのに、湧水だらけのこの界隈は、夕方は肌寒いくらいです。
こちらは、現在高槻のアートギャラリーカレントで開催中の「Junebright展」のためにせっちゃんが描きおろした、醒ヶ井の梅花藻をモチーフにした暖簾です。
この涼やかさを絵に表現できるなんて、素晴らしいな。
街道筋の醒ヶ井の町に点在する西洋建築は、ヴォーリズのものです。こちらは、現役の郵便局。
ゆったり大きな構えの料理旅館や、通りから玄関まで、清流を跨ぐ橋を駐車場として使う民家の、どこにも、紫陽花などの季節の花が丹精込めて育ててあって、佇まいの美しい町。
老舗の醤油屋さんの店先にも、湧水の甕があり、梅花藻が数輪咲いていました。
ああ!そして。
憧れの蛍の時間です。
醒ヶ井から、車を走らせ山東の、ルッチプラザという市民会館のようなところに車を停めます。
地元の小学生たちが作ってくれた行灯の光を頼りに川の方へ案内されていきます。
道行く人たちは老いも若きもみな楽しげな散歩です。
天の川ほたるまつりの夜なのです。
通り道の体育館では、賑やかなカラオケ大会。
テントの下では消防団のみなさんが焼き鳥を焼いたり、かき氷を削ったり。
子供たちは、夜店で買ってもらったピカピカ光るおもちゃを手に持ってはしゃいでいます。
だんだん辺りが暗くなってきました。
橋の上から河原の草むらに目を凝らします。
光った?
あそこにも?
5匹くらいかな?
あ、とんだ。
地域の方々はもとより、遠方からも集まり、ワクワクしながら見つめている人がこんなにたくさんいるなんて、蛍が知ったらびっくりするでしょうね。
隣にいた老紳士が、
「おや、その足元にも光ってるのでは?」
あっ!本当だ。
ちびちゃんのすぐそこ。
この子にとまったら喜ぶだろうなぁ。
と思ったら、まさか!
うちのおとーさんの短パンのお尻に捕まってふーわふーわと光っています。
たちまち人々が集まってきて、おとーさんのお尻をしきりと撮影しています。フラッシュたいて撮っても逃げやしない。
数は思ってたよりずっと少ないけど、蛍の思い出できたわ~。
小雨がぱらついて来たから、もう行こうか?
すごい人ごみだったね。
日本の蛍ってそんなに減ってしまったのかな?
谷川で夢中で遊んでいて日が暮れて、気づいたら誰もいなくて、まわりを蛍が無数に飛び交っているようなシーンはもうないのかな?
天の川ほたるまつりのもうひとつの蛍鑑賞スポットに移動しました。
三島池という池がある、グリーンパーク山東という公園です。池のすぐ横にせせらぎがあって、こちらには!
まぁなんとたくさんの蛍でしょう!
あ、また夫にとまった!
なんでなの?蛍さん。
こんな派手なアロハシャツのオヤジがお好みなの?
飽かず見つめる儚い光の乱舞。
「今夜、おかあさんたち、蛍見に行くのよ!」
昼間、いそいそと着物の用意をしながら次男に告げたら、若者は、声色を使って
「ほたる、何ですぐ死んでしまうの?」
と言いました。
私が何度見ても泣いてしまう「火垂るの墓」の幼いせつ子の台詞です。
意地悪言ってるね。私がはしゃいでいるのを諌めているの?
幼い子が
「光った!飛んできた!」
と、蛍に見とれています。
私たちは、何でこんなに蛍に憧れているんだろう?
どうか蛍が、人々に戦争の虚しさや消え行くかつての日本の情緒を思いおこさせるものとしてではなく、豊かな自然環境を守りながら築く、平和な未来の象徴でありますように。