春の甲斐路・勝沼ワイナリー巡り。 | ママゲリア聖子の大阪ロマンチック

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北大阪在住、食いしん坊で呑んべえのなかよし夫婦のいろいろを記録しておきたいと思います。こんなに楽しい毎日、本当に感謝しています。

春旅三日目。

お江戸をあとにして、甲斐の国に来ております。
新宿駅のバスターミナルから、高速バスに揺られうとうとしていたら、中央道の勝沼のインターを降り、ブドウ畑しかないところで下ろされました。

「空気が美味しい!」
というのが第一印象です!

青い空、雪を頂いた白い峰、あとは見渡す限りブドウ畑。
この辺りは、日本でも有数の規模の大きい扇状地ということで、中学生の地理の教材の地形図で取り上げられる場所なのだそうです。

我々は、その地形図の中に点在するワイナリーを巡って歩きます。

最初に訪ねたのは、マルキというワイナリー。

勝沼のあたりは、1000年以上も前からブドウ栽培が行われていました。
扇状地であるゆえ、土壌は目の荒い砂利石で、水捌けがよ過ぎて稲作には向かない土地だったそうです。
甲州街道の宿場町であった勝沼には、江戸時代に郷土の俳人が捻ったとされる
「勝沼や馬子も葡萄を食いながら」
という俳句も伝えられています。

その勝沼で、ワインを生産しはじめてから140年。マルキワイナリーは、もっとも古いワイナリーです。

江戸時代から作られている「甲州」という品種のブドウを原料にしたワインを中心にいろいろと試飲させてもらいます。

初々しいスタッフのくぼたさんが、
「もう羊はごらんになりましたか?」
と聞いてくれました。

あらあら、のんびりしてるのね。

羊たちは、ブドウ畑の下に生える雑草を食んでくれるので、除草剤を使わない農法ができるだそうです。

しかし、地面という地面のほとんどにブドウの木が植えられているというこの街で、除草剤も農薬も散布せず、畑を維持していくなど、できるはずがありません。

ブドウ農家1軒に1台標準装備かどうかはわかりませんが、あちこちで見かけたこのチキチキマシーンみたいな薬剤散布の車。


続いて伺ったのは「丸藤ワイナリー」。

古民家を再生したという風情のある建物は、まだ引っ越して3週間というできたてホヤホヤ。
美意識の行き届いた、大変居心地のよい空間で、丁寧に対応していただきながら、ワインを選びました。

こちらのワインの商標名は「ルバイヤード」と言います。聞き慣れないこの言葉は、11世紀のイランの四行詩。


テイスティングするカウンターの棚から、1冊の詩集を取り出して見せてくださり、パラパラとめくっていたら、「甲斐」という言葉が目に留まりました。

もちろん、この極東のブドウの丘の地名をよんだものではありませんけど。


何しろ、歩いていたら次から次へとワイナリーが現れるのですけど、すべての店に入って一本ずつ選べる訳ではありません。
夫は前もってリサーチしてきたようですが、ひたすら歩き、買えばそれをリュックに入れて次の店へ…。
試飲にすべて付き合っていたらぶっ倒れちゃう。

池田ワイナリーさんでも、こだわりのラインナップから、一本を選び出しました。


お腹すいてきた。

歩いていたら、ぶどうの国資料館というのを見つけました。
展示はなかなか凝っていて、勝沼のブドウ栽培とワイン作りの歴史について分かりやすく知ることができます。

この二人の若者が、フランスでワイン作りを学んでこの地にもたらしたそう。


激しくお腹すいてきた!
近くにレストランも見つけました。
新鮮な野菜がたっぷり。
「レストランシャンモリ」。
こちら、オススメですよ。

食後、「宮光園」という、甲州市の近代産業遺産に指定されている、勝沼のブドウ作りの父、宮崎光太郎の居宅であり、葡萄酒醸造所とブドウ園を記念した資料館に立ち寄りました。

お座敷には、立派な段飾りや御殿飾りのお雛様がいくつも飾られたいそう華やかです。
「この辺りは、4月にお雛さんなんですよ。」

係の女性が、親切に説明してくださいます。
かつて、敷地の中に写真館まであり、お抱えのカメラマンがいたそうです。ブドウ棚の木漏れ日の下で、ワインに親しむ昭和天皇。こちらのワイナリーに行幸されたのだそうです。

お屋敷は公開されています。珍しい座敷の下の石倉、古い記録映画など、みどころいっぱいです。



最後に訪ねたのは、グレースワイン。
この日勝沼で選び抜いた合計4本は、こちらから自宅へまとめて送っていただきました。

この店を出てから、ブドウ園の中の小道を歩いて「勝沼ぶどう郷駅」を目指しました。はるか丘の上に駅があるので、上り坂です。いったい一日で何㎞歩いたことやら。この行程に着いて来れる人いるやろか?
休憩したくても、カフェひとつなく、ブドウ園だけがある。いろんな形に剪定されたブドウの樹の違いがわかるばかり。心がポカポカしてきました。
いつか、実りの頃に来ましょう。


グレースワインの販売員さんが、
「今夜、甲府で飲む店は決めてありますか?」
と尋ねてくださったので、
「どこかオススメは?」
と問い返して、日本酒の揃ってる店として、教えてもらったのが、甲府の「くさ笛」です。

そうでなければとうてい探し出せなかったであろう昭和の香りの盛り場の、深い路地裏にひっそりと佇む赤提灯と縄のれんです。カウンターだけの席に、夕方まだ早い時間から常連客がずらり。

「ここの店のコロッケ、美味しいですよ。」
と、隣に並んだご夫婦が教えてくださいます。

カウンターの中のお母さんも、
「蕗味噌食べてみる?私のつくりかた見せるから真似して。」
などと始終話しかけてくれるし、そのうちお客さんとお母さんとみんなで有線の演歌のイントロクイズを始めたりして。

旅先で、フラりと入った店でも温かい。



「今度は夏に山椒豆腐を食べに来て~♪」
東洋子さんは、この道52年。
なぜこの狭い路地を「オリンピック通り」と呼ぶのかと言うと、この店の創業が昭和39年の東京オリンピックの年だからだそうです。

太田和彦さん、吉田類さん、居酒屋探訪の二大巨頭を筆頭に、店を訪れた有名人の書いた壁の色紙の1枚に
「くさ笛や次の五輪の次までも」
って記してあった意味がわかりました。

次の東京五輪の年には、80歳になるけど、そのときまで続けていたいという東洋子さんの、さくらの季節を意識したというピンクの着物がとても似合っていて素敵でした。