家に着くまでが遠足だということは知っていましたが、山を下りるまでが登山だということは、知りませんでした。
大山の頂上からの景色はあまり覚えてはいませんが、息子と手をつないで歩き始めた遊歩道に吹いていた風が爽やかだったことは覚えています。
そしてふと声に出して 「 ああ だから人は山に登るんだね 」 と言いました。
息子に 「 達成感ってわかる? 」 と聞くと、 「 うん、わかるわかる。 達成感、あるもん。 」 という答えが返ってきて、「 そうかぁ わかるんだねぇ。 この達成感を味わうために、人は山に登るんだろうねぇ。 」 と言いながら、遊歩道を歩いていきました。
遊歩道はすぐに終わり、上がってきた階段を1段ずつ下り始めました。
苦痛はすぐにやってきました。
登るときのようにあえぐ苦しさではなく、段差を1つ下りるたびに太ももや膝が痛めつけられる苦しさ。
ああ そうか、登った距離と同じ分だけ、もう1度、歩かないといけないんだ。
そんな当たり前のことに気付いたら、さっきまでの達成感とやらはどこへやら、気持ちが一気に落ちていきました。
6合目にはベンチがある、6合目まで行けば座って休める
そう言い聞かせて頑張るものの、なかなか6合目には着かず、脚の痛みばかりが増えていき、それはそれは苦しい時間でした。
なんでこんな所まで来てしまったんだろう、なんで自分はこんなにお調子モノなんだろうと、後悔ばかりが押し寄せて、でもいまいち思考もまとまらず。
6合目に着いて、長めの休憩を取っても、もう脚の痛みと疲れが癒えることはなく、山のふもとが途方もなく遠くにあることが悲しくて、悲しくて。
5合目を過ぎた頃には 「 さっき感じた達成感は、この苦痛の割に合わないわ。 」 と確信しました。
山なんか大っきらい。
元気だった夫も膝をかばうように階段を下り、息子の口数も減り、元気で陽気なのは娘だけ。
娘は山の階段を両足そろえて ぴょんぴょんぴょん と下りていき、1人だけペースが早いので、ある程度ぴょんぴょん進んだら先で私たちを待ち、私たちが追いつくと 「 きゃははははー! 」 と喜んで、また両足そろえてぴょんぴょんぴょん。
いつか膝が痛くなって止めるだろう、いつか疲れてやめるだろうと思いきや、結局山のふもとまで陽気にぴょんぴょん飛びながら下りていった娘は、どこか悪いんじゃないかと本気で思います。
やっとの思いで1合目まで下りてきた時には、もう脚が言うことをきかなくて、膝が笑うどころか、腰から下が大爆笑。
駐車場に着いて車に乗り込んだ瞬間は、靴を脱ぐために身体を折ることもできず、ただ、ただ、山から逃れることができて嬉しくて嬉しくて。
離れたところから見た大山。
あれに登ったのかと思うと、達成感ではなく、吐き気をもよおしたというのが正直な所。
倉敷へ帰る道中に立ち寄った道の駅でもまだ、脚の痛みは取れず、立つと両脚が小刻みに痙攣していたので、子供たちに触らせてあげると、大喜びしてました。
車中で1時間ほど休んだら、ようやく気持ちが元気になってきて、焼肉を食べて温泉につかった時の喜びは、大山に登ったからではなく、大山から逃れられたからだと思います。
今回の大山登山、本当にしんどかったです。
登山を終えた夜、疲れていて身体は寝れるはずなのに、寝返りをすると脚の痛みで何度も目が覚めました。
翌日からは両脚がひどい筋肉痛になり、動くたびにあまりの痛さに喉の奥から グェ という、これまで聞いたこともないような音が出続けました。
そしてその筋肉痛に悩まされた3日間、私がせっせとしていたことと言えば、大山登山で苦しい思いをした人のブログを探すこと。
検索ワードは 「 鳥取 大山 瀕死 苦痛 ギブアップ 地獄 」 などなど。
苦しかった、泣きそうになった、という言葉を見つけては、猛烈な負の連帯感に恍惚とし、それでもまた登りたいと思うという言葉を見つけては、勝手に裏切られた気持ちになって舌打ちするという、心身ともに不健康この上ない3日間を過ごしましたとさ。
こんなくそったれな私ですが、これからもどうぞよろしく。
