美術館の楽しみ方 | うふふ Kurashiki

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倉敷の美味しいお店を探検します。
時々インテリアのことなども。

倉敷に住み始めてから、大原美術館に足を運ぶ機会が増えました。


これまでは、どちらかというと、美術館より団子派、いや、団子じゃなくてケーキ派かな、しかもその中でもモンブラン派かな


という私でしたが、最近、美術館に足を運ぶことが楽しくなってきました。


どうして楽しくなってきたかというと、絵のことを調べるようになったからだと思います。


なんの予備知識もなく、ただ、名画を前にして、そこから放射される作者の思いに心を揺さぶられて・・・


なんてことができるような細胞は持ち合わせていない私。


それでも、その絵のことを少しでも知っていれば、同じ絵を見ても距離が縮まり、想像力を働かせて楽しむことができると思います。


例えば、クールベの 「 秋の海 」 1867年


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これ、ただ見ただけだったら、


「ほっほーん 上手上手。 こんな海に突き落とされたら、たまったもんじゃないわ。」


が関の山で、この絵の前で立ち止まって唸ることってないと思うんです。


ところが。



歴史や神話を題材にした絵を描くことが常識とされた当時、「 目に見えない天使は描けない 」 と言って


当時の常識に強く異議を唱えたのが、このクールベ。


それまで王様や神が据えられていた場所に、労働者や、故郷の葬式の場面を描いたりしたことで


クールベは多くの非難を受けたのです。



ということを知った上で、この絵の前に立つと、この絵がまったく違った深みを持ってきませんか?


自分の目で見たものだけを描く、自分が描きたいものだけを描く


当時、非難を受けながら、苦しみながらも、自らの強い信念を貫いたクールベ。


「 ひゅう ひゅう~! 男前~! 」


↑ このように、かなり深みを持って、名画を鑑賞することができるというわけです。



大原美術館には、西洋美術が展示されている本館、日本美術が展示されている分館と


工芸東洋館というのがあるんですが、問題がこの工芸東洋館。


壷や器なんかの陶器が展示されているブースを、どうにも楽しめない。


これも、調べてみると奥が深くて、そこから楽しみを見出せるのかもしれないけれど


調べてみたいと思えないほど、まったくもって興味が持てない私。


いつも、この工芸館は、早足で駆け抜けておりました。


ところが、先日、両親と大原美術館に行った際に、母が、その工芸館をも楽しめる


画期的な見方を伝授してくれたんです!


早足で駆け抜けようとする私に


「 この中からどれか1つだけあげるって言われたら、どれをもらおうかなあって思って見てごらん 」


と言ったんです。


ほう。


どれか1つ・・・もらえるの・・・?


これが、私には効果抜群!


どれをもらおうかと思いながら展示品を眺めてみると、これまでロクに見ることもできなかった壷や器との距離がぐんと縮まったんです。


「 これにしようかな・・・ 肉じゃがが似合いそう・・・ でもこっちの花瓶もいいかなあ・・・ 」


どれを持って帰ろうかと物色している私の向こうで


母 「 あら、お父さん、コレ、うちの飾り棚の上に置いたらよくない?」


父 「 うーん、ちょっと大きすぎんか?もっと小さいのがいいな・・・」


と、両親もマジメに物色・・・ あ、 いや、鑑賞。


美術館の楽しみ方に、「 正解 」 ってのはないんだと思います。


どう楽しむかは、人それぞれ。


こんな風に、ありえない、、図々しい楽しみ方というのも、大いにアリだと思いましたとさ。