昨日来たお客様は最初から酔っ払っていた。
まずお店に入る前、ガラスの自動ドアの横に缶ビールをそっと置いたのを私は見逃さなかった。そんでもって何食わぬ顔で店内に入ってきたのだ。
そんなにお年には見えないが杖をついていて、膝くらいのズボンからのぞく両方のふくらはぎには、湿布が1枚ずつ貼ってあった。目にかかるくらいの前髪に、白髪混じりの髪はクルクルと色々な方向に向いている。あご下が少し長く、目は丸くてギョロギョロとしていた。
私のお仕事は、なるたけ早くお客様のご要望を汲み取り、丁寧かつスピーディーにお客様に施術をするお仕事です。
そのお客様にも他のお客様と同じようにご要望をお聞きすると「適当でいいんよ」と赤い顔でおっしゃった。
私も「適当でいいんですね」と繰り返すと、「適当でお願い」と可愛くおねだりされた。
適当といえど適当にしたら怒られることくらいは知っているので、再度箇所ごとにご要望を聞きながらなんとか施術開始。
それでもじっとしているわけではないのが酔っ払い。
「くも膜下失血になったことがあるんよ」
と、髪の毛をかき分けて頭の傷を見せてくれた酔っ払い。
「シュシュシュシュってやってバーッとやってザーッとやればオッケイ」
擬音がやたら多い酔っ払い。
そして無言から突然の大爆笑。
かと思えば、
「あーあ、こんなに白髪になっちゃって寂しいな」
と、しょぼくれる酔っ払い。
だんだん可愛く見えてきた酔っ払い。
さいごはご機嫌で
「俺ってかっこいー」
と言い放ち、自動ドアから出ていった。
久しぶりに色濃い時間だった。
あーあ、缶ビール置いてかれたから片付けなきゃなと思って外に目をやると、酔っ払いはまたそれをゴクゴクと飲んでいた。
いや、空じゃないんかい!
一応お店に缶ビール持ってったらいけないという道徳感は持ち合わせていたのね。
今日のお供
めまぐるしく楽しいお話。
終始ワクワクして、一気に読み終えてしまう。
それにしてもおもろい酔っ払いだった。
電気ブランで乾杯したら仲良くなれたかな。