30年前のあの日のこと | 日々是ありがとう

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更年期を迎えていろんなコトが変化する日々。
ついつい変化することが億劫になってしまうこの頃だけど、自分らしく過ごしていきたいな。

九州地方、ほんっとに雨☔がヤバいですガーン

鹿児島といえば8・6水害のときのことを今もまだみなさん口々に話すんですが。

30年前、ワタシはヨーロッパでふらふらしてたんで、身をもって体験してないんですよね💦

ただ、めちゃめちゃ水害が酷かったことはちょっとだけ遅れて入ってくる日本のニュースをみて、心配になって国際電話をかけたら母が

「あーー、今まだ冷蔵庫が浮いてるよーー!」

なんてアッケラカンと言うもんだから、その言い方に拍子抜けした記憶が爆笑

きっと余計な心配をかけないようにとの、母の気遣いだったんでしょうね。



その一年後に今度は母が大型トラックと接触し運転していた軽自動車から放り出される、という自動車事故をおこして、

これはさすがにヤバい!とふらふら生活に幕を閉じ帰国したら、20年近く住んでた家が壊されててワタシが置いていっていた荷物もほとんど水に流されてて無くなってました笑い泣き



ワタシが帰ったとき家は建替え中で、貸家にしていたところに数ヶ月いたんだけど、やはり水害の痕跡が柱や襖に残ってて、

「ここまで水が上がってきたんだ!」とようやく実感しました。

でも水害後の後始末の大変さは体験してないけど💦💦



そうそう余談だけど、5年前に父が亡くなる前にガスの給湯器が壊れてしまって、急遽買い替えることに。

父の葬儀が終わってすぐ給湯器の取替工事をしたところ、工事にきたお兄ちゃんが

「私、この家を知っています!水害のときにこの家に避難して、助かったものです!」

と話し始めてめちゃめちゃびっくりびっくり



そのお兄ちゃん、水害の頃は小学生でわが家の裏手にあった隣の家の貸家に住んでいて、水害が起きたとき一人でお留守番をしていたそうな。

突然、水かさが増してどうしようと外にいたところ、母と父がこっちにおいで!と家に招き入れ我が家の2階に避難したんだとか。



その後引っ越ししていったけど、お兄ちゃんはその時のことをしっかり鮮明に覚えてて、父と母のことも気になっていたそう。

思いもかけない再開にきっと父が引き寄せてくれたに違いない!と話すことでした。



自然の力と人との出会い

本当に予想もつかないものですね指差し



まぁとりま、被害がでないことを祈るしかないお願い